2026年3月16日月曜日

MMTから見た高圧経済論・MSSE批判|望月慎(望月夜)

MMTから見た高圧経済論・MSSE批判|望月慎(望月夜)

MMTから見た高圧経済論・MSSE批判

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望月慎です。

今回は、高市政権の経済政策(いわゆるサナエノミクス)の理論的支柱であると言われている高圧経済論、MSSE(Modern Supply Side Economics)について、MMT(ないしPK)の観点から批判的に検討します。

総括

参照文献とその要約は後に譲り、先んじて総括を行います。

高圧経済論・MSSEの要諦

まずは、高圧経済論・MSSEの概要を整理します。

はじめに、主要な提唱者としてYellen, J. (2022).を参照します。
イエレンの整理に従うと、当時のバイデン政権の経済成長戦略がまさしく現代的サプライサイド経済学(modern supply side economics、MSSE)の一環と定義づけられ、その構造は、旧来のサプライサイド経済学(積極的な規制緩和と民間資本投資を促進する減税の組み合わせ)を批判的に相克し、労働供給・人的資本・公共インフラ・研究開発・持続可能な環境への投資を優先して、経済成長の促進と長期的な構造的問題(特に不平等)の解決を目的とするというものです。
具体的にバイデノミクスで言えば、労働供給に関する「Build Back Better」計画(幼児教育と高齢者ケアの拡充、所得税額控除による労働力参加率の改善)、生産性向上のための投資戦略(低所得者層を念頭にした労働者への人的投資、インフラ投資や再生可能エネルギー投資)、国際的な協調的課税による資本流出の抑制などが目玉政策として提唱されていました。(同時期の米財務省資料も参考になる)

バイデノミクスの定性的なレビューとしては、Turner, D., et al. (2025). を参照します。2024年米国選挙直後に上級政策立案者15名に対し半構造化インタビューを実施したもので、バイデノミクスの4つの包括的目標(労働者のエンパワーメント、取り残された地域の支援、戦略産業における経済競争力の向上、国家安全保障目標の達成)と3つの主要な手段(マクロ経済刺激策、需要側におけるミクロ経済的介入、ミクロ経済的供給側における労働者権利の強化と独占禁止法の執行)を特定した上で、パンデミック下のインフレは積極財政の寄与は限定的で供給側面の影響が大きいこと、主眼に置かれた製造業よりもむしろサービス産業での生産性成長が目立ったことなどが整理されています。

次に、日本における高圧経済論・MSSEの議論展開についておさらいします。

日本では概して、高市政権における経済政策、いわゆるサナエノミクスに紐づけられる形で高圧経済論・MSSEが語られている印象です。
例えば、永濱利廣 (2025)では、高市政権における「責任ある積極財政」を高圧経済志向のMSSE的政策として解釈した上で、財政健全化目標を柔軟化(純債務残高/GDP比などへの移行)によるGDPギャップのプラスの維持を提唱しています。
飯田泰之(2026)では、「高圧経済は需要圧を用いて、民間経済の自発的な産業構造転換を促すもの」と整理した上で、高市政権の危機管理投資の理論的支柱がMSSEであると述べています。

以上を踏まえて、原田泰 ・ 飯田泰之編著(2023)『高圧経済とは何か』における高圧経済論の論理構造を確認します。

本書で飯田氏は、オークンの法則を念頭に、需要超過状態が供給能力そのものを引き上げるという点が高圧経済論の核心であるとした上で、単なるケインズ政策と区別します。
さらに履歴効果に言及し、需要超過の持続による高生産性産業への労働移動や省力化・人的投資の拡大、その逆の需要不足状態の長期化による供給能力の劣化を指摘しています。
原田氏は、フィリップスカーブに基づいて緩やかなインフレの許容による低失業を肯定的に捉え、その上でオークン法則に基づく低失業下の生産拡大を組み合わせて、高圧経済の有効性を論じています。

総じて、高圧経済論・MSSEの理論を整理すると、フィリップスカーブやオークンの法則、履歴効果に基づいた需要超過・低失業を志向する政策論としての高圧経済論と、具体的な財政政策論として政府が意識的に関与する形の投資で供給力の増強を狙うMSSE、という形で統合的に理解出来ると考えます。

MMT的な高圧経済論・MSSE批判

概して、高圧経済論・MSSEの前提としてあるのは、オールドケインジアン的な景気刺激策への肯定的評価にあります。

もちろん、当該政策論においても不況対策としての(一時的な)ケインジアン的財政政策を超克しようとする意図はあるわけですが、前提として財政政策による総需要刺激を肯定的なものとして織り込んでいる印象です。

しかしながら、この考え(いわば財政的ファインチューニング)はMMT/PKによって厳しい批判が加えられてきました。

例えば、Wray, L. R. (2007).では、ミンスキーの論考を(Levy Institute内部の遺稿も参照しながら)整理し、ミンスキーが財政的ファインチューニングによる高投資戦略がマクロ経済不安定性を惹起して維持不可能であること、人的投資・経済成長・再分配による貧困撲滅アプローチは失敗すると主張していたと論じています。
まず人的資本投資に関しては、実物的な生産要素が産出量を決めるという新古典派的な想定への根本的な疑義の上で、人的資本投資の効果発揮の遅さ、絶え間ない陳腐化による再教育の困難さを指摘し、それを踏まえて「労働者をありのままに受け入れる」ことが必要だと論じていました。ミンスキーはジョンソン大統領の貧困対策戦争を「人々を変えることで貧困を終わらせようとする試み」として批判していたのです。
経済成長に基づく貧困削減については、部門別・成長別の成長格差、政府のインフレ抑制や金融不安定性による成長の不安定化から、実現困難であるとミンスキーは指摘しています。また、投資刺激による成長促進の試みについても、金融脆弱性の増大、インフレ、資本への分配の増加、賃金格差拡大という四つの問題があるとも論じていました。加えて、ボーモル病の議論を参照しながら、高成長産業における労働需要低下が低成長産業への労働流入に繋がり、後進部門が相対的に巨大になることで成長の低下と貧困層の低賃金据え置きが生じると考察しています。
再分配についてもミンスキーは大部分懐疑的でした。強力な所得均等化は政治的に不可能と考えていたし、負の所得税は発生するインフレ圧力による相殺を受けると論じていました。特に重要な点として、ミンスキーは「あらゆる貧困対策は資本主義経済の根底にある行動規範と整合的でなければならない」と考えていました。(働けない者、あるいは働くべきでない者に対する福祉は例外として、)福祉プログラムによる依存階級を徒らに増やす政策は、社会的結束や民主主義に資さず、納税者の支持を維持できないからです。実際アメリカでは福祉制度が抑圧を受け続けました。
こうした文脈を踏まえ、ミンスキーは最後の雇い手政策(ELR)を強力に主張しました。成長刺激の不安定さ、貧困層への波及の遅さと弱さからトリクルダウンを批判し、バブルアップの必要性を論じました。需要刺激による貧困削減はインフレを抑制したい政府によるストップ・ゴー政策で頓挫する一方で、ELRは持続的に貧困層への雇用供給を可能にします。ミンスキーは失業による低賃金労働者への賃金下押し圧力が高賃金労働者の賃金上昇の実質的な原資となっていた構造をELRによって逆転させ、むしろ低賃金職の賃金上昇率が相対的に高くなるようにすべきだと主張していました。(さらにミンスキーは、低金利政策の維持によるレントの抑制も主張していました。)

Tcherneva, P. R. (2013).による財政的ファインチューニング批判も、上記のミンスキーの議論の延長線上にあると理解できます。財政政策は企業の利益や資金繰りを安定させるが、完全雇用を維持することには失敗しており、格差拡大と長期失業を発生させています。投資刺激型の財政政策は資本所得を増大させる一方、景気変動の中で「最後に雇われ、最初に解雇される」低賃金労働者への恩恵は小さくなります。Tchernevaは上記に基づき、output gapを閉じる従来政策からlabor demand gapを閉じる政策への転換を論じ、この文脈からELR / JGが提唱されます。

重要な議論として、Wray, L. R. (2018).では、機能的財政論に関するラーナーとミンスキーの対立を参照しています。スタグフレーションに対してラーナーが機能的財政の実質的な放棄とマネタリズムの回帰を行なった一方、ミンスキーは制度主義的な観点から戦後ケインズ主義による不平等なインフレと金融不安定性の増幅を批判しつつ、機能的財政を完全雇用、インフレ抑制、金融安定化のために組み直すことを志向したと整理されています。

しかしながらMMTerは、高圧経済論・MSSEで想定されているような政府主導的な生産能力/供給能力の向上への投資etcについて、教条的に反対しているわけではありません。むしろ、Mazzucato, M., & Wray, L. R. (2015)では、ケインズ+シュンペーター+ミンスキーを思想的に統合しながら、投資の社会化としての国家のイノベーション投資と、当該投資の分配の適正化が重要だと論じられています。(関連:MMTとシュンペーターの連関

しかしながら、高圧経済論・MSSEで陰に陽に見られるような、素朴な総需要刺激による民間投資刺激、トリクルダウン的な波及の想定、人的資本投資に依存した貧困縮小・格差改善策などは、上記の通りMMT/PKと真っ向から対立する経済観・政策論です。
そしてMMTerはその対案として、直接雇用政策(特にELR/JG)ベースの経済安定化策、公正な分配と金融不安定化抑制を念頭に置いた投資の社会化(国家的なイノベーション投資および適度な介入)を志向しており、このことは重々認識されるべきだと考えます。

(例えば、反面教師にすべき事例として、Asada, T. (2020).はMMTを「政策金利固定+財政政策」に矮小化するモデルを組むことで、「実質的にNK的なポリシーミックスと大差ない」というトートロジー含みの錯誤に陥っており、こうした不適切な知的態度は厳しく批判されるべきです。)

上記議論の一環として、通常の高圧経済論・MSSEで所与とされているフィリップス曲線についても、MMT/PKからは強い批判があります。

異端派文献で広く指摘されているように、総需要刺激は完全雇用を前にインフレをきたし、これは不平等な分配を伴います。[Wray, L. R. (2018).](関連:「売り手インフレ」「利潤主導型インフレ」を検討する
また、Job Guarantee / ELRのような一定賃金での直接雇用政策の施行下においては、必ずしも失業率とインフレ率はトレードオフにはなりません。[Mitchell, W. (2022).]

したがって、フィリップス曲線から導かれる「低失業率のために高インフレを許容しなければならない」 or 「低インフレを志向するなら、失業率はある程度高止まりせざるを得ない」といった通俗的なナラティブは、異端派(特にMMT)からは認められていないことに留意しなくてはなりません。

(オークンの法則についても、MMTerからは「低失業率に伴う成長率上昇」という面では参照されることはありますが、これが逆に「高成長でなければ低失業は維持できない」という因果で主張されるのであれば、MMTerはそうした主張には組みさないでしょう。)

私的総括

上記議論をおおまかにまとめると:

  • 総じて、高圧経済論・MSSEの理論を整理すると、フィリップスカーブやオークンの法則、履歴効果に基づいた需要超過・低失業を志向する政策論としての高圧経済論と、具体的な財政政策論として政府が意識的に関与する形の投資で供給力の増強を狙うMSSE、という形で統合的に理解出来る。

  • MMT/PK的な観点からは、政府主導の供給力増強の必要性については否定しないものの、マクロの総需要刺激の有効性(≒ 財政的ファインチューニングの妥当性)については概して懐疑的である(金融不安定性と不平等なインフレへの懸念のため)。人的資本投資を主眼においた貧困・格差対策についても懐疑的(新古典派的な生産性観自体への疑義、人的資本投資の発揮の遅さ、絶え間ない陳腐化に対する再教育の困難さ等)。

  • 高圧経済論・MSSEで陰に陽に見られるような、素朴な総需要刺激による民間投資刺激、トリクルダウン的な波及の想定、人的資本投資に依存した貧困縮小・格差改善策などは、MMT/PKと真っ向から対立する経済観・政策論である。

  • MMTerはその対案として、直接雇用政策(特にELR/JG)ベースの経済安定化策、公正な分配と金融不安定化抑制を念頭に置いた投資の社会化(国家的なイノベーション投資および適度な介入)を志向する。フィリップスカーブが想定するようなトレードオフに対しては、ELR/JGを念頭に否定的に考えている。

要約

以下に参照文献etcの要約を行います。

草思社さんによるXでのポスト

 
 
草思社
⁦‪@soshisha_SCI‬⁩
日本の児童・生徒の自殺者数は、2024年も2025年も過去最多となりました。
少子化で10代の人数は減少しているのに急増しているのです。とくに、女子については、10年前・20年前の倍以上と、著しい伸びを示しています。
これは日本だけでなく、世界的に見られる傾向です。 pic.x.com/9lOKym46cC
 
2026/02/04 12:40
 
 

2026年3月15日日曜日

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