スピノザ
エチカ
第四部
定理七三 理性に導かれる人間は、自己自身にのみ服従する孤独においてよりも、共同の決定に従って生活する国家においていっそう自由である。
http://nam21.sakura.ne.jp/spinoza/#note4p73
—Marx on Money, IV A farmer's IOU note rarely circulates beyond his neighbors. A banknote may circulate across an entire nation. A promise acquires monetary status when people believe it will be honored beyond the immediate relationship between debtor and creditor.
—Marx on Money, IV
A farmer's IOU note rarely circulates beyond his neighbors.
A banknote may circulate across an entire nation.
A promise acquires monetary status when people believe it will be honored beyond the immediate relationship between debtor and creditor.
—マルクス『貨幣論』、IV
農夫の借用書は、めったに彼の近隣を超えて流通しない。
紙幣は一つの国全体にわたって流通するかもしれない。
約束が、債務者と債権者の間の直接的な関係を超えて履行されると人々が信じるようになるときに、それは貨幣の地位を得る。
https://x.com/ab202r/status/2064807709518557209?s=61
1859
経済学批判序説
A Contribution to the Critique of Political Economy
資本論3:3:b
債権者または債務者の性格は、ここでは単純な商品流通から生ずる。その形態変化は、売り手と買い手にたいして、このような新しい刻印を捺す。したがって、さしあたり、それは売り手と買い手のそれと同じように、一時的の、そして同じ流通代理者によって交互に演ぜられる役割である。だが、対立は、いまや本来あまりのんびりしたものではないように見える。そしてもっと結晶しやすい性質のものである。しかしながら、これらと同じ性質のものが、商品流通から独立しても現われうる。例えば、古代世界の階級闘争は、主として債権者と債務者の間の闘争という形態で動いている。そしてローマでは、平民的債務者の没落で終わっている。彼らは奴隷によって置換えられたのである。中世では、この闘争は封建的債務者の没落で終わっている。この債務者は、その政治的権力を、この権力の経済的基礎とともに喪失している。だが、貨幣形態ーーそして債権者と債務者の関係は貨幣関係の形態をとるーーは、ここではただ、もっと深いところにある経済的生活諸条件の敵対関係を反映しているにすぎない。
3:2:c
ここで問題となるのは、ただ強制通用力をもっている国家紙幣だけである。それは、直接に金属流通から生長してくる。これに反して、信用貨幣は、われわれにとって単純な商品流通の立場からは、まだ全然わかっていないはずの諸関係を前提とする。だが、ついでながら述べておけば、本来の紙幣が、貨幣の流通手段としての機能から生ずるように、信用貨幣は、貨幣の支払手段としての機能に、その自然発生的の根源をもっているのである。
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