「MMTとケインズ」9 ー 貨幣循環理論(サーキット・セオリー)とは何か(前編)――日本語で読める入門がない
エッセイマガジン「見え方としての経済・お金 ―マルクスとMMTが問いかけるもの」中の、小シリーズ「MMTとケインズ」の9回目。
ぼくは前回、サーキット・セオリー(貨幣的循環理論。以下、CT)の代表者の一人として、ベルナール・シュミットを取り上げたいと予告した。
でも、少し方針を変える。
これから何回かに分けて、前世紀後半のヨーロッパ大陸で勃興したCTへ、ほとんどゼロから入門するための文章を書こうと思う。
日本語で、そのような文章がほとんど存在しないからである。
シュミットの理論は、とても面白い。けれども、いきなりその内部へ入るのは、読者に親切ではない。書く順序としても、少し逆なのではないかと思い直した。
たとえば、ぼくはドイツ・ロマン派のノヴァーリスという詩人が好きである。だからといって、最初からノヴァーリスの作品だけを詳しく語ることが、ドイツ・ロマン派のよい説明になるとは限らない。
絵画の印象派を説明するときにも、いきなりモネの《睡蓮》だけを眺めていては、なぜ彼らが「印象派」と呼ばれたのかは、よく分からないだろう。
それ以前の絵画は、何を目指していたのか。彼らはそこに、どのような違和感を持ったのか。何を変えようとしたのか。モネ、ルノワール、ドガ、セザンヌの違いも、その地形を見てからの方が分かりやすい。
CTについても同じである。
まずは、CTとは何なのか、というところから攻めようではないか。
日本語で読める、いい入門がない
英語には、アウグスト・グラツィアーニ自身による体系的な主著がある。中国語では、その翻訳も刊行されている。日本語訳は、ない。
CTについて日本語で知ろうとすれば、学術的な研究として、まず竹永進と内藤敦之の仕事に出会うだろう。
竹永は、「貨幣的循環理論の構造と問題」(2002)に始まる一連の論考で、シュミットとグラツィアーニを比較しながら、貨幣的循環理論の構造と難点を検討している。
シュミットの量子理論にも触れている。ただし、比較の基本枠組みには、銀行信用から所得支出、貨幣還流、債務返済までを一期間とする、1966年の初期シュミットに見られる循環が置かれている。
そのため、1980年代に明確になる、貨幣は個々の支払いで発行されて同じ操作のうちに消滅(!!)し、所得形成と最終支出が量子的時間において統合されるという理論的展開が、隠されてしまっている。
言い換えれば、シュミットのいちばん面白いところが、初期理論の枠の中へ押し戻されてしまっている。
内藤は、「貨幣的循環理論と流動性選好」(2004)において、CTを内生的貨幣供給論や流動性選好説との関係から捉え、ポスト・ケインジアン貨幣論の中に位置づけている。
2011年に出版された『内生的貨幣供給理論の再構築――ポスト・ケインズ派の貨幣・信用アプローチ』も確認したが、CTそのものの紹介は、ごく限られている。
もう一つ、黒木龍三の論文「貨幣とバランスシート景気循環」(2008)がある。
黒木は、企業、家計、銀行のバランスシートを用いて、銀行融資、賃金支払い、生産、販売、返済というCTの時間的順序を具体的に描いている。
これは、CTを理解するうえでかなり有用である。貨幣が、すでに存在する交換手段として静止しているのではなく、銀行信用によって創造され、主体間を移動し、企業へ還流し、返済によって消滅するものとして描かれているからだ。
ただし、そこで描かれる時間は、基本的に、期首に創造された貨幣が期末に消滅するまでの一期間である。黒木自身、複数期間に残る設備や債務の問題を、後半ではミンスキーによって補おうとしている。
すると、別の問いが残る。
なぜCTの論者たちは、そもそもこのような時間を問題にしなければならなかったのか。
回路が閉じず、債務が次の期間へ残るとき、それをCTの内部でどう考えるのか。
また、その一期間の生産そのものは、なぜ、その内容で始められたのか。
個人による解説としては、望月慎さんが2019年に note でCTを図式化してしている。
これは、CTをMMTとの関係で紹介したものとして、日本語圏では貴重な入口である。
しかし、その図には二つの問題がある。
一つは、パルゲ=セッカレッチャの理論を図式化し、それをCT全体の代表として提示していること。もう一つは、その図式が、パルゲ=セッカレッチャ自身の議論からも重要な部分を落としていることである。
望月図では、企業が借入れによって得た預金を、「機材購入なり、労働者雇用なりを行って、家計へと支出」するとされている。
シュミットなら、その言い方をしない――という話はいったん措くとしても、パルゲ=セッカレッチャの図式では、機材の購入と労働者への賃金支払いは同じ支出ではない。
彼らの議論には、消費財部門と資本財部門がある。
賃金は家計へ支払われる。新たに生産された機械や設備は、資本財を生産した別の企業から購入される。家計の消費支出が消費財を実現し、企業の投資支出が資本財部門の商品価値と利潤を実現する。
彼らは、この仕組みによって、CTにつきまとってきた利潤実現の問題を説明しようとしている。
ところが、
銀行 → 企業 → 家計 → 企業 → 銀行
と一周する図に縮めてしまえば、企業間の資本財取引も、投資支出による利潤の実現も消える。
彼らが説明しようとしていた生産プロセスが、家計を一周する預金の移動へ置き換えられてしまうのである。
そうして肝心の経路を図式の段階で消しておいてから、利潤や貯蓄がどのように生まれるのかと問えば、問題の立て方そのものがずれてしまう。
しかも、パルゲ=セッカレッチャが描く一般的な回路には、政府と中央銀行も入る。
民間銀行の回路を先に描き、そこへ国家貨幣論を後から付け加えればMMTになる、という整理にも無理がある。
などなど、ツッコミどころは実は多い。
ただ、ぼくが本当に知りたいのは、個々の図の正誤よりも、もっと手前の問題である。
CTとは、いったい何を説明するために生まれたのだろう。
この問いには、すでに誰かが答えているのかもしれない。
けれども、少なくともぼくは、日本語はもちろん、別の言語を探しても、CTの諸潮流を一つの地形として見渡せるような説明を、まだ見つけられていない。
CTはなぜ生まれたのか
さあ、どうしようか。
まずは主な名前を並べてみよう。
ベルナール・シュミット(1929–2014)、アウグスト・グラツィアーニ(1933–2014)、アラン・パルゲ(1940–2022)、ジャン・カルテリエ(1942–)。
ほかにも、フレデリック・プーロン、アラン・バレール、ジャック・ル・ブルヴァ、アルヴァロ・チェンチーニなど、多くの名前が出てくる。
CTには、MMTにおけるウォーレン・モズラーに相当する、一人の中心人物がいない。
彼らは、一人の創始者のもとへ集まり、同じ理論を分担して作った人々ではない。
貨幣という言葉で何を指すのか。生産の時間をどのように捉えるのか。銀行信用と支払いをどう区別するのか。国家をどこへ置くのか。
近づいて読めば、違いの方が目につくほどである。
それでもなお、彼らはCTという一つの潮流に属していた、と言ってよいと思う。
印象派の画家たちは、同じ技法を忠実に守る一枚岩の集団ではなかった。ドイツ・ロマン派の詩人や思想家も、一人の創始者が作った体系を分担して広めたわけではない。
それでも彼らは、それ以前とは違う対象の見方を持ち、互いの仕事に刺激を与え、一つの潮流を作った。
CTも、それに近い。
では、彼らを結びつけているものは何か。
ひとまず、次のようにまとめてみたい。
CTとは、貨幣を、すでに成立している交換を媒介する手段や、あらかじめ存在する残高としてではなく、生産、所得、預金および債権債務を成立させる制度的な作用として捉え、資本主義経済をその貨幣的な成立過程から説明しようとする複数の理論である。
かなり幅の広い定義である。
けれども、幅があるのは、CTそのものが複数の異なる構想を含んでいるからだ。
グラツィアーニやパルゲは、銀行信用から支払い、所得形成、販売、債務決済へ進む主体間の過程を描いた。
成熟期のシュミットは、貨幣が個々の支払いでどのように発行され、生産物と結びついて所得を形成するのかを追究した。
カルテリエは、貨幣を、一般均衡とは異なる経済活動の調整様式として捉えた。
同じCTと呼ばれても、問題の立て方も、答えも同じではない。
では、彼らは何に動かされていたのだろう。
その見取り図を描くために、二つの背景から始めたい。
一つは、価格の調整によって経済全体を捉えようとする、一般均衡的思考への違和感である。
もう一つは、ピエロ・スラッファ(1898–1983)が、CTに先立って、新古典派の価格・分配理論を根本から揺さぶっていたことである。
スラッファの批判は、貨幣や銀行信用を正面から扱うものではなかった。それでも、価格と分配を需要供給や限界生産力から説明する道を疑わせるという点で、CTの背景をなしていた。
今回はまず、一般均衡的思考とは、どのような経済の見え方なのかを考えよう。
後編では、ジャン・カルテリエの議論を手がかりに、均衡による調整という考え(←主流)と、貨幣による調整という考え(←CT)の違いを見る。
スラッファが変えた価格と分配の見え方については、その次の回へ送ることにしたい。
ぼくたちが教わった「経済」
一般均衡という言葉を聞いたことがなくても、その基本となる考え方には、多くの人が見覚えを持っているはずである。
中学校の公民や高校の「政治・経済」で、需要と供給の図を習った。
商品の価格が高くなれば、買いたい人は減り、売りたい人は増える。価格が下がれば、買いたい人が増え、売りたい人は減る。需要量と供給量が一致するところに、市場価格が決まる。
企業は、その価格を見ながら、何をどれだけ生産するかを決める。消費者も、価格と所得を考えながら、何をどれだけ購入するかを決める。
価格の変化を通じて、労働、機械、土地、原材料などの限られた資源が、それを必要とする場所へ配分される。
市場だけではうまくいかない場合には、「市場の失敗」が生じ、政府がそれを補う。
おおよそ、そのような順序で習ったのではなかったか。
公務員試験などのために経済学を勉強した人なら、もう少し本格的な形で同じ構図に出会っている。
消費者は、限られた所得のもとで満足を最大にする。企業は、費用と価格を見比べて利潤を最大にする。それぞれの選択を需要曲線と供給曲線に置き換え、両者が一致する市場均衡を求める。
中学校や高校で、ワルラスの一般均衡理論そのものを習うわけではない。公務員試験のミクロ経済学も、一般均衡論だけを扱うものではない。
それでも、そこで教わる「経済」の基本的な見方は、一般均衡的思考につながっている。
人や企業は価格を見て行動する。価格が需要と供給を調整する。その調整を通じて、社会全体の資源の使い道が決まる。
ぼくたちは、経済学を専門的に学ぶより前から、この見方に慣らされているのである。
これから説明する一般均衡の世界も、まったく未知の理論には感じられないだろう。
むしろ問題は、それがあまりに見慣れた「経済」の姿になっていることにある。
一般均衡という美しい構図
ある人がパンを売り、別の人が服を売るとする。
パンの価格が高すぎて売れ残れば、その価格は下がる。服を欲しい人が多く、品物が足りなければ、服の価格は上がる。
価格が調整され、パンを売りたい量と買いたい量、服を売りたい量と買いたい量が一致すれば、それぞれの市場で取引が成立する。
一般均衡論は、この考え方を経済全体へ広げる。
パンや服だけではない。米、鉄、自動車、土地、機械、労働など、あらゆる財やサービスについて、売りたい量と買いたい量が一致する価格の組み合わせを考える。
一つの市場だけを見ても十分ではない。
パンの価格が変われば、パン屋の所得が変わり、パン屋が買う服の量も変わる。賃金が変われば、企業の費用も、労働者の所得も変わる。鉄の価格が上がれば、自動車や機械の価格にも影響する。
すべてがつながっている。
そこで、すべての市場を一度に見渡し、一人ひとりの売買計画が互いに矛盾しない価格体系を考える。
一般均衡とは、そのような状態である。
これは、市場経済を考えるための、たいへん美しい構図だと思う。
人々は、経済全体のことを考えて行動しているわけではない。自分の所得、自分の好み、自分が持っているものをもとに、何を売り、何を買うかを決めている。
それでも、価格がうまく調整されれば、ばらばらの判断が一つの秩序を作る。
誰かが中央から細かな指令を出さなくても、分散した個人の選択から、経済全体の整合性が生まれる。
経済学者が、この考え方に魅了されたのも無理はない。
ただ、この美しさは、経済を見る独特の向きと結びついている。
一般均衡論が描くのは、それぞれの計画が互いに調整された状態である。
誰かが商品を買うなら、それを売る人がいる。誰かが労働を提供するなら、それを雇う企業がいる。あらゆる財に買い手と売り手がいて、すべての計画が一枚の図の中に収まっている。
経済を、整合した配置から眺めるのである。
もちろん、一般均衡論者が、現実の経済はいつでも均衡していると考えている、という話ではない。
均衡は、現実を整理するための基準となる状態である。
しかし、均衡を基準にすれば、現実に起きていることも、その状態からのずれとして捉えられやすくなる。
商品が売れ残るのは、価格がまだ十分に調整されていないからである。
失業が存在するのは、賃金やほかの価格、あるいは期待や情報が、均衡と整合する状態に達していないからである。
資金が必要なところへ届かないのは、金利や収益率が、資金を適切に誘導できていないからである。
完成した図が先にあり、現実はそこへ向かう途中にあるように見える。
CTの論者たちが抱いた違和感は、この見方に向けられていた。
貨幣がなくても成立する
一般均衡論には、少し奇妙なところがある。
その基本的な仕組みには、支払い手段としての貨幣がなくてもよい。
パン、服、リンゴという三つの商品があるとしよう。
パン一個とリンゴ二個が交換でき、服一着とパン十個が交換できるなら、それぞれの商品の交換関係を表すことができる。
価格を分かりやすく表示するために、リンゴの価格を一と決めてもよい。すると、パンの価格は二、服の価格は二十と表される。
このときのリンゴは、価格を表示する基準になっている。経済学では、ニュメレールと呼ばれる。
しかし、このリンゴは、ぼくたちが普段考える貨幣とは違う。
パンを買うたびに、代金としてリンゴを渡すわけではない。すべての商品が、いったんリンゴに交換されてから売買されるわけでもない。
リンゴは、価格を表示するための物差しである。
計算単位はあるが、支払い手段としての貨幣はない。
それでも、すべての市場で需要と供給が一致する価格体系を考えることができる。
これは、日常的な物々交換と同じではない。
物々交換では、魚を売りたい人がパンを欲しがり、同時にパンを売りたい人が魚を欲しがるという、欲望の二重の一致が必要になる。
一般均衡論では、経済全体を覆う価格体系によって各人の売買計画が調整されるため、魚を売った相手から直接パンを受け取る必要はない。
それでも最終的に行われているのは、それぞれの人が持っている財や労働と、別の財との交換である。
貨幣は、経済を成立させる独自の制度として必要とされていない。
現実の資本主義では、賃金も、商品の代金も、債務の返済も、貨幣によって支払われる。
企業は貨幣を調達しなければ、生産を始められない。商品を売って貨幣を得なければ、銀行への返済もできない。
それなのに、貨幣がなくても市場経済の基本構造を説明できることになっている。
CTが問題にしたのは、この奇妙さだった。
貨幣を入れれば配分になる
もちろん、一般均衡の枠組みに貨幣を導入した理論もある。
ただし、その場合にも貨幣は、あらかじめ人々が保有している残高として登場することが多い。
社会全体に一億円の貨幣があるとしよう。
家計や企業は、その一億円のうち、どれだけを手元に置くかを決める。貨幣のまま持つのか、商品を買うのか、債券などの金融資産へ替えるのかを選択する。
ある人が一万円を支出すれば、別の人がその一万円を受け取る。
貨幣の持ち主は変わるが、社会全体の一億円は変わらない。
この見方で問われるのは、与えられた貨幣総量を誰がどれだけ保有するかという配分である。
物価が上がれば、同じ一億円で買える物は減る。物価が下がれば、その一億円の購買力は大きくなる。
人々は、その変化に応じて、貨幣、商品、債券をどの割合で保有するかを調整する。
一般均衡論には多くの種類があり、すべてをこの説明で片づけることはできない。銀行信用によって貨幣が創造される一般均衡モデルを作ることもできる。
問題は、貨幣がモデルの中に存在するかどうかだけではない。
その理論が、何を中心問題として経済を構成しているかである。
貨幣が導入されても、中心に残るのが、価格、金利、資産選択を通じた配分の整合性であれば、生産に先立つ銀行信用、支払いによる所得形成、債務の発生と決済は、理論を組織する中心問題にはならない。
日本のリフレ論も、貨幣を語る。
しかし、貨幣経済を語っているとは限らない。
そこに登場する貨幣は、中央銀行が供給し、期待インフレ率を動かし、実質金利を下げるための貨幣である。
企業が商品を売る前に労働者へ賃金を支払い、生産を始めるための貨幣ではない。売れ残り、赤字、債務、借換えとして時間の中へ残る制度的関係でもない。
リフレ論において、問題は、経済が本来の均衡的な産出水準から下方へずれていることである。
解決は、金融政策によって期待と実質金利を動かし、支出を本来の軌道へ戻すことである。
この場合の貨幣は、均衡から外れた経済を均衡へ戻すための道具であって、互いに整合しているかどうか分からない行為を、時間の中で開始させる制度ではない。
CTが問い直したのは、その手前だった。
そもそも、その一億円は、どのように作られたのか。
誰の債務として創造されたのか。
誰がその創造を決定したのか。
何を始めるために支払われたのか。
その支払いによって、誰の所得が、どのように形成されたのか。
そして、商品が予定どおり売れなかったとき、残された債務はどうなるのか。
一般均衡的思考が描くのは、諸計画が互いに整合する価格体系である。
しかし、現実の企業は、経済全体の計画が整合したことを確認してから生産を始めるわけではない。
商品が売れる前に借り、支払い、労働者を雇う。
その計画が社会的に受け入れられたかどうかは、商品が市場へ出た後に初めて分かる。
では、計画が釣り合う前に、経済活動を始めさせているものは何なのか。
後編では、ジャン・カルテリエによる1989年の英語論考、 Money and Equilibrium: Two Alternative Modes of Coordination of Economic Activities(「貨幣と均衡――経済活動を調整する二つの異なる様式」)を手がかりに、この問いを考える。
均衡と貨幣は、完成した一般均衡論へ貨幣を付け加えることで一つになるのではない。
カルテリエは、両者を、経済活動を調整する二つの異なる様式として捉える。
競売人がすべての計画を均衡価格によって調整する世界に対して、貨幣経済の中心に置かれるのは銀行である。
そこで、彼が均衡(équilibre)に代えて考えようとしたのが、viabilité――存続可能性だった。
お楽しみに!
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