2024年8月2日金曜日

Voice 2024年7月号 電子書籍: Voice編集部: Kindleストア ケルトン 土方奈美




Voice 2024年7月号 電子書籍: Voice編集部: Kindleストア ケルトン 土方奈美

MMTに関心が集まったきっかけ  

 ――(土方)あなたを主人公にしたドキュメンタリー映画「Finding the Money」が、アメリカで公開されました。経済学者や経済理論をテーマにした異色の作品が完成した経緯は?  

 ケルトン そもそものきっかけはアレクサンドリア・オカシオ=コルテス議員(アメリカ連邦下院議員。民主党の若手有望株)がグリーン・ニューディール政策を提唱した際、MMTに言及したことだと思う。どうすればインフレリスクに目配りしながら大規模な気候変動対策の財源を確保できるのか、理解するのに役立つMMTという経済学的枠組みに関心が集まった。  今作の監督マレン・ポイトラスはもともとサンライズ・ムーブメント(若者が主導する環境団体)やグリーン・ニューディールに関心があり、そのなかでMMTと巡り会った。私たちのカンファレンスに足しげく通い、密着取材を申し込んできた。映画には、たくさんのMMT学者が登場するが、正統派の経済学を学んでいた私が、いかにしてMMTという新たなレンズ(モノの見方)を受け入れるようになったかという知的遍歴が物語の中心になっている。
  三月には二週間にわたってオーストラリアの主要都市で開かれた上映会に参加したが、反響は非常に大きかった。その後、ヨーロッパ各地でも上映された。日本人にとっても重要な作品であり、日本で上映されることを強く願っている。 

 ――著書『財政赤字の神話 MMTと国民のための経済の誕生』(早川書房)でとくに強調していたのは、①通貨主権をもつ国の財政は家計や企業のそれとは違い、赤字が続いても破産はしない、②財政赤字は必ずしも悪ではなく必要なものである、③政府の支出を制約するのは税収ではなく経済の生産能力であり、それはインフレというかたちで表れる、という三点でした。 

 ケルトン そのとおり。とくにアメリカについてはこの三点はすべて正しい。経常収支(海外との経済取引の収支)が赤字の国では財政赤字は必要だ。対外収支が赤字である以上、政府部門の赤字が少なくともそれと同等でなければ民間部門の収支が黒字にならないからだ。民間部門の赤字は債務の増加を意味する。通貨の発行者ではなく利用者である民間部門が、永遠に赤字を出し続けることはできない。
  日本のような経常黒字国は、政府の財政が均衡あるいは黒字でも、必ずしも民間部門に赤字を押しつけることにはならない。ただ政府が赤字を出せば、民間部門は海外部門と政府部門の両方からの資金流入という恩恵を受けることになる。

 もう一つ、インフレを防ぐためのメカニズムとしてMMTが提唱するのは、政府による雇用保証制度だ。働く意欲と能力をもつすべての失業者に仕事を保証し、賃金と医療保険などの福利厚生パッケージを提供する。言わば労働市場における「パブリック・オプション」で、資金は連邦政府が拠出し、運営は地域単位で行なう。
  景気が回復しはじめると、企業は雇用を増やそうとする。ただ長期間失業していた人を採用するのは避け、競合企業で働いている人を高い賃金を払って引き抜こうとする。政府による雇用保証制度があれば、制度のもとで就業を継続できた人材を安価に採用することができるので、インフレ圧力は抑えられる。 
 一方、景気悪化局面では衝撃吸収材の役割を果たす。企業が解雇を始めたら、労働者は雇用保証制度のもとで新たな仕事を見つけ、収入を得ることができる。消費が維持されれば、企業もさらなる解雇はしなくて済み、不況は比較的短く終わるだろう。 

 ――政府による雇用保証はMMTの重要な政策提言ですが、莫大な政府支出を伴うためか、ほとんど議論されることがありません。GDP比何%くらいの支出になると見ていますか。  

 ケルトン コストを考えると、制度の実現が難しいのはわかる。深刻な不景気のときに雇用保証制度を導入すれば、アメリカでは二五〇〇万人が利用するかもしれない。一方、好景気で雇用市場が逼迫しているときなら、はるかに少なくなるはずで、一概にGDP比を予想するのは難しい。 
 ただ忘れてはいけないのは、高水準の失業を容認し続ける現行システムでも経済的、社会的に莫大なコストがかかっているという事実だ。今日、アメリカには積極的に仕事を探しているのに就業できない人が何百万人もいる。正式に失業者と認められた人びとで、連邦政府の失業給付のほか、食費扶助、医療扶助などを受けている。それに加えて犯罪や健康状態の悪化など、失業の社会的コストも大きい。
  雇用保証制度を導入するか否かは政治的選択だが、導入しないという選択はインフレ対策の主な手段として失業を使い続ける道を選ぶことだ。中央銀行は自然失業率を見きわめ、インフレを防ごうとする。六五〇万人もの労働者を失業という落とし穴にはめることで労働市場に一定の余裕をもたせ、賃金上昇圧力やインフレ圧力が高まらないようにしている。
  MMTはインフレ対策にはもっと良い方法がある、それは雇用保証を通じて真の完全雇用を実現することだと考える。多くの国がいまでも価格を統制するために穀物や商品、原油などのバッファー・ストック(緩衝在庫)をもつ。雇用保証制度は人材版のバッファー・ストック・アプローチだ。

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