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・YAMAHA創始者
山葉寅楠
・19世紀日本、下級武士で天文学者の息子として生まれる
・西洋の機械に強く惹かれ、時計や医療機器の修理で生計を立てる
・1887年:地元の小学校にアメリカ製のリードオルガンがあるが壊れている。町の誰も修理できない
・それを分解し、壊れているのはただの2本のバネだと見抜き、簡単に修理する
・しかし返すだけでなく、「これを直せるなら作れる」と気づく
・内部構造を設計図に起こし、日本初の国産リードオルガンをゼロから作る
・披露すると「音がひどい」と言われる
・多くの人ならここで諦める。しかし重い木製オルガンを天秤棒で担ぎ、箱根の険しい山を越え、専門家の意見を聞くために160マイル(約250km)を徒歩で東京音楽学校まで運ぶ
・教授たちは演奏し、「機構は素晴らしいが調律が完全に間違っている」と指摘する
・反発せず、東京に1か月滞在し、大学の音楽理論の講義に出席し、音叉を耳に当てながら音の周波数の数学を徹底的に学ぶ
・再び160マイル歩いて帰る
・2台目のオルガンを製作。教授たちは「外国製に匹敵する」と評価する
・日本楽器製造株式会社(後のヤマハ株式会社)を創業
・会社のロゴに3本の音叉を選び、ゼロから音楽理論を学んだ苦労と鍛錬を忘れないようにする
・数十年後、ピアノ製造の木工技術を活かして第二次世界大戦中に木製航空機プロペラを製造
・戦後はその金属加工技術を応用してオートバイを製造
・結果として、「壊れた学校のオルガンを修理したこと」がヤマハのスーパーバイク開発へとつながるという歴史が生まれる
・すべては「仕組みを理解する」ことから始まった、徹底した水平展開の物語
現実を分解し、再構築することの究極の証明。
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