第204回 ユダヤ人とシティの金融商人(中編)
前回のコラムでは、英国王家がユダヤ人を欧州大陸から呼び寄せ、王家領地拡大のためにユダヤ人の金融業を利用したこと、さらにその代理役を見つけるとユダヤ人を1290年に追放したことを説明しました。それ以降、イタリア商人が英国の金融業を担いましたが、王室が頻繁に債務不履行を起こしたため、英国の金融業は栄えませんでした。
焼き討ちや国外追放にあう14世紀ごろのユダヤ人
変化が起きるきっかけは1492年です。これまでユダヤ人の居住を大幅に許していたスペインがユダヤ人国外追放に動きました。ディアスポラ(民族離散)によって築かれたラダニテ(中継ユダヤ商人)のネットワークを有するユダヤ人は、薬学や医学、科学技術、国際情報で最先端の知識を有していました。スペインはそれを利用し自国を盛り上げ、イベリア半島のキリスト教復活運動「レコンキスタ」を達成したのに、その功労者であるユダヤ人追放したのです。
ヘンリー8世治世下、キリスト教徒の利息徴収が合法的に
その推移を冷静に分析する王様が英国にいました。ヘンリー8世です。ヘンリー8世は有能なユダヤ人を英国に密かに呼び寄せ、スペインの内部情報を入手しました。宮廷ユダヤ人と呼ばれる医学、音楽、金融の専門家を登用し、ユダヤ人の情報ネットワークを利用します。さらに1540年、英国で初めて利息の上限を10パーセントとする法令を出しました。キリスト教徒が禁じられていた利息徴収を、上限付きとはいえ可能にさせたのです。
クロムウェルのスポンサー、メナセ・ベン・イスラエル
1588年、スペイン無敵艦隊にエリザベス1世が勝利したとき、ユダヤ人からのスペインに関する情報が役立ったそうです。また、ユダヤ人からの資金援助をバックに清教徒革命でチャールズ1世を倒したのがオリヴァー・クロムウェル。クロムウェル護国卿は1656年にユダヤ人の入国を復活させました。1688年の名誉革命の際、オランダ・オレンジ公の英国遠征の資金も、ジャコバイト派運動鎮圧の資金もユダヤ人からの支援です。
世界で3番目に古い英国最古の銀行チャイルド商会
シティのギルド(職人組合)は手工業中心のキリスト教の友愛団体ですから、当初、ユダヤ商人とは不仲でした。シティ商人が金融業を始めたのはゴールドスミス(金匠)出身のチャイルド商会(1664年)やホア商会(1670年)であり、王貴族の財産保護が中心業務でした。ところが1688年の名誉革命後に英国は世界の海に進出してユダヤ商人と手を組み、国際貿易を展開し始めます。そして英国には国際貿易商人の金融、マーチャント・バンクと呼ばれる新しい業種が生まれ、それが世界の金融界をリードしていきます。(後編に続く)
英国で2番目、世界で5番目に古いホア商会
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