2024年5月3日金曜日

夏目漱石 夢十夜

夏目漱石 夢十夜
#8

 やがて、白い男は自分の横へ廻って、耳の所をり始めた。毛が前の方へ飛ばなくなったから、安心して眼を開けた。粟餅あわもちや、餅やあ、餅や、と云う声がすぐ、そこでする。小さいきねをわざとうすへあてて、拍子ひょうしを取って餅をいている。粟餅屋は子供の時に見たばかりだから、ちょっと様子が見たい。けれども粟餅屋はけっして鏡の中に出て来ない。ただ餅を搗く音だけする。

夢十夜


 こんな夢を見た。
 腕組をして枕元にすわっていると、仰向あおむきに寝た女が、静かな声でもう死にますと云う。女は長い髪を枕に敷いて、輪郭りんかくやわらかな瓜実うりざねがおをその中に横たえている。真白な頬の底に温かい血の色がほどよく差して、くちびるの色は無論赤い。とうてい死にそうには見えない。しかし女は静かな声で、もう死にますと判然はっきり云った。自分もたしかにこれは死ぬなと思った。そこで、そうかね、もう死ぬのかね、と上からのぞき込むようにして聞いて見た。死にますとも、と云いながら、女はぱっちりと眼をけた。大きなうるおいのある眼で、長いまつげに包まれた中は、ただ一面に真黒であった。その真黒なひとみの奥に、自分の姿があざやかに浮かんでいる。
 自分はとおるほど深く見えるこの黒眼の色沢つやを眺めて、これでも死ぬのかと思った。それで、ねんごろに枕のそばへ口を付けて、死ぬんじゃなかろうね、大丈夫だろうね、とまた聞き返した。すると女は黒い眼を眠そうに※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みはったまま、やっぱり静かな声で、でも、死ぬんですもの、仕方がないわと云った。
 じゃ、わたしの顔が見えるかいと一心いっしんに聞くと、見えるかいって、そら、そこに、写ってるじゃありませんかと、にこりと笑って見せた。自分は黙って、顔を枕から離した。腕組をしながら、どうしても死ぬのかなと思った。
 しばらくして、女がまたこう云った。
「死んだら、めて下さい。大きな真珠貝で穴を掘って。そうして天から落ちて来る星の破片かけ墓標はかじるしに置いて下さい。そうして墓の傍に待っていて下さい。またいに来ますから」
 自分は、いつ逢いに来るかねと聞いた。
「日が出るでしょう。それから日が沈むでしょう。それからまた出るでしょう、そうしてまた沈むでしょう。――赤い日が東から西へ、東から西へと落ちて行くうちに、――あなた、待っていられますか」
 自分は黙って首肯うなずいた。女は静かな調子を一段張り上げて、
「百年待っていて下さい」と思い切った声で云った。
「百年、私の墓のそばに坐って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから」
 自分はただ待っていると答えた。すると、黒いひとみのなかにあざやかに見えた自分の姿が、ぼうっとくずれて来た。静かな水が動いて写る影を乱したように、流れ出したと思ったら、女の眼がぱちりと閉じた。長いまつげの間から涙が頬へ垂れた。――もう死んでいた。
 自分はそれから庭へ下りて、真珠貝で穴を掘った。真珠貝は大きななめらかなふちするどい貝であった。土をすくうたびに、貝の裏に月の光が差してきらきらした。湿しめった土のにおいもした。穴はしばらくして掘れた。女をその中に入れた。そうして柔らかい土を、上からそっと掛けた。掛けるたびに真珠貝の裏に月の光が差した。
 それから星の破片かけの落ちたのを拾って来て、かろく土の上へ乗せた。星の破片は丸かった。長い間大空を落ちているに、かどが取れてなめらかになったんだろうと思った。げて土の上へ置くうちに、自分の胸と手が少し暖くなった。
 自分はこけの上に坐った。これから百年の間こうして待っているんだなと考えながら、腕組をして、丸い墓石はかいしを眺めていた。そのうちに、女の云った通り日が東から出た。大きな赤い日であった。それがまた女の云った通り、やがて西へ落ちた。赤いまんまでのっと落ちて行った。一つと自分は勘定かんじょうした。
 しばらくするとまた唐紅からくれない天道てんとうがのそりとのぼって来た。そうして黙って沈んでしまった。二つとまた勘定した。
 自分はこう云う風に一つ二つと勘定して行くうちに、赤い日をいくつ見たか分らない。勘定しても、勘定しても、しつくせないほど赤い日が頭の上を通り越して行った。それでも百年がまだ来ない。しまいには、こけえた丸い石を眺めて、自分は女にだまされたのではなかろうかと思い出した。
 すると石の下からはすに自分の方へ向いて青いくきが伸びて来た。見る間に長くなってちょうど自分の胸のあたりまで来て留まった。と思うと、すらりとゆらくきいただきに、心持首をかたぶけていた細長い一輪のつぼみが、ふっくらとはなびらを開いた。真白な百合ゆりが鼻の先で骨にこたえるほど匂った。そこへはるかの上から、ぽたりとつゆが落ちたので、花は自分の重みでふらふらと動いた。自分は首を前へ出して冷たい露のしたたる、白い花弁はなびら接吻せっぷんした。自分が百合から顔を離す拍子ひょうしに思わず、遠い空を見たら、あかつきの星がたった一つまたたいていた。
「百年はもう来ていたんだな」とこの時始めて気がついた。


 こんな夢を見た。
 和尚おしょうの室を退がって、廊下ろうかづたいに自分の部屋へ帰ると行灯あんどうがぼんやりともっている。片膝かたひざ座蒲団ざぶとんの上に突いて、灯心をき立てたとき、花のような丁子ちょうじがぱたりと朱塗の台に落ちた。同時に部屋がぱっと明かるくなった。
 ふすま蕪村ぶそんの筆である。黒い柳を濃く薄く、遠近おちこちとかいて、むそうな漁夫がかさかたぶけて土手の上を通る。とこには海中文殊かいちゅうもんじゅじくかかっている。き残した線香が暗い方でいまだににおっている。広い寺だから森閑しんかんとして、人気ひとけがない。黒い天井てんじょうに差す丸行灯まるあんどうの丸い影が、仰向あおむ途端とたんに生きてるように見えた。
 立膝たてひざをしたまま、左の手で座蒲団ざぶとんめくって、右を差し込んで見ると、思った所に、ちゃんとあった。あれば安心だから、蒲団をもとのごとくなおして、その上にどっかりすわった。
 お前はさむらいである。侍なら悟れぬはずはなかろうと和尚おしょうが云った。そういつまでも悟れぬところをもって見ると、御前は侍ではあるまいと言った。人間のくずじゃと言った。ははあ怒ったなと云って笑った。口惜くやしければ悟った証拠を持って来いと云ってぷいとむこうをむいた。しからん。
 隣の広間の床にえてある置時計が次のときを打つまでには、きっと悟って見せる。悟った上で、今夜また入室にゅうしつする。そうして和尚の首と悟りと引替ひきかえにしてやる。悟らなければ、和尚の命が取れない。どうしても悟らなければならない。自分は侍である。
 もし悟れなければ自刃じじんする。侍がはずかしめられて、生きている訳には行かない。綺麗きれいに死んでしまう。
 こう考えた時、自分の手はまた思わず布団ふとんの下へ這入はいった。そうして朱鞘しゅざやの短刀をり出した。ぐっとつかを握って、赤い鞘を向へ払ったら、冷たいが一度に暗い部屋で光った。すごいものが手元から、すうすうと逃げて行くように思われる。そうして、ことごとく切先きっさきへ集まって、殺気さっきを一点にめている。自分はこの鋭い刃が、無念にも針の頭のようにちぢめられて、九寸くすん五分ごぶの先へ来てやむをえずとがってるのを見て、たちまちぐさりとやりたくなった。身体からだの血が右の手首の方へ流れて来て、握っている束がにちゃにちゃする。くちびるふるえた。
 短刀を鞘へ収めて右脇へ引きつけておいて、それから全伽ぜんがを組んだ。――趙州じょうしゅう曰くと。無とは何だ。糞坊主くそぼうずめとはがみをした。
 奥歯を強くめたので、鼻から熱い息が荒く出る。こめかみが釣って痛い。眼は普通の倍も大きく開けてやった。
 懸物かけものが見える。行灯が見える。たたみが見える。和尚の薬缶頭やかんあたまがありありと見える。鰐口わにぐちいて嘲笑あざわらった声まで聞える。しからん坊主だ。どうしてもあの薬缶を首にしなくてはならん。悟ってやる。無だ、無だと舌の根で念じた。無だと云うのにやっぱり線香のにおいがした。何だ線香のくせに。
 自分はいきなり拳骨げんこつを固めて自分の頭をいやと云うほどなぐった。そうして奥歯をぎりぎりとんだ。両腋りょうわきから汗が出る。背中が棒のようになった。ひざ接目つぎめが急に痛くなった。膝が折れたってどうあるものかと思った。けれども痛い。苦しい。はなかなか出て来ない。出て来ると思うとすぐ痛くなる。腹が立つ。無念になる。非常に口惜くやしくなる。涙がほろほろ出る。ひとおもいに身を巨巌おおいわの上にぶつけて、骨も肉もめちゃめちゃにくだいてしまいたくなる。
 それでも我慢してじっと坐っていた。えがたいほど切ないものを胸にれて忍んでいた。その切ないものが身体からだ中の筋肉を下から持上げて、毛穴から外へ吹き出よう吹き出ようとあせるけれども、どこも一面にふさがって、まるで出口がないような残刻極まる状態であった。
 そのうちに頭が変になった。行灯あんどう蕪村ぶそんも、畳も、違棚ちがいだなも有って無いような、無くって有るように見えた。と云ってはちっとも現前げんぜんしない。ただ好加減いいかげんに坐っていたようである。ところへ忽然こつぜん隣座敷の時計がチーンと鳴り始めた。
 はっと思った。右の手をすぐ短刀にかけた。時計が二つ目をチーンと打った。


 こんな夢を見た。
 六つになる子供をおぶってる。たしかに自分の子である。ただ不思議な事にはいつの間にか眼がつぶれて、青坊主あおぼうずになっている。自分が御前の眼はいつ潰れたのかいと聞くと、なに昔からさと答えた。声は子供の声に相違ないが、言葉つきはまるで大人おとなである。しかも対等たいとうだ。
 左右は青田あおたである。みちは細い。さぎの影が時々やみに差す。
田圃たんぼへかかったね」と背中で云った。
「どうして解る」と顔をうしろへ振り向けるようにして聞いたら、
「だってさぎが鳴くじゃないか」と答えた。
 すると鷺がはたして二声ほど鳴いた。
 自分は我子ながら少しこわくなった。こんなものを背負しょっていては、この先どうなるか分らない。どこか打遣うっちゃる所はなかろうかと向うを見ると闇の中に大きな森が見えた。あすこならばと考え出す途端とたんに、背中で、
「ふふん」と云う声がした。
「何を笑うんだ」
 子供は返事をしなかった。ただ
御父おとっさん、重いかい」と聞いた。
「重かあない」と答えると
「今に重くなるよ」と云った。
 自分は黙って森を目標めじるしにあるいて行った。田の中の路が不規則にうねってなかなか思うように出られない。しばらくすると二股ふたまたになった。自分はまたの根に立って、ちょっと休んだ。
「石が立ってるはずだがな」と小僧が云った。
 なるほど八寸角の石が腰ほどの高さに立っている。表には左りくぼ、右堀田原ほったはらとある。やみだのに赤い字があきらかに見えた。赤い字は井守いもりの腹のような色であった。
「左が好いだろう」と小僧が命令した。左を見るとさっきの森が闇の影を、高い空から自分らの頭の上へげかけていた。自分はちょっと躊躇ちゅうちょした。
「遠慮しないでもいい」と小僧がまた云った。自分は仕方なしに森の方へ歩き出した。腹の中では、よく盲目めくらのくせに何でも知ってるなと考えながら一筋道を森へ近づいてくると、背中で、「どうも盲目は不自由でいけないね」と云った。
「だからおぶってやるからいいじゃないか」
「負ぶってもらってすまないが、どうも人に馬鹿にされていけない。親にまで馬鹿にされるからいけない」
 何だかいやになった。早く森へ行って捨ててしまおうと思って急いだ。
「もう少し行くと解る。――ちょうどこんな晩だったな」と背中で独言ひとりごとのように云っている。
「何が」ときわどい声を出して聞いた。
「何がって、知ってるじゃないか」と子供はあざけるように答えた。すると何だか知ってるような気がし出した。けれども判然はっきりとは分らない。ただこんな晩であったように思える。そうしてもう少し行けば分るように思える。分っては大変だから、分らないうちに早く捨ててしまって、安心しなくってはならないように思える。自分はますます足を早めた。
 雨はさっきから降っている。路はだんだん暗くなる。ほとんど夢中である。ただ背中に小さい小僧がくっついていて、その小僧が自分の過去、現在、未来をことごとく照して、寸分の事実もらさない鏡のように光っている。しかもそれが自分の子である。そうして盲目である。自分はたまらなくなった。
「ここだ、ここだ。ちょうどその杉の根の処だ」
 雨の中で小僧の声は判然聞えた。自分は覚えず留った。いつしか森の中へ這入はいっていた。一間いっけんばかり先にある黒いものはたしかに小僧の云う通り杉の木と見えた。
御父おとっさん、その杉の根の処だったね」
「うん、そうだ」と思わず答えてしまった。
「文化五年辰年たつどしだろう」
 なるほど文化五年辰年らしく思われた。
「御前がおれを殺したのは今からちょうど百年前だね」
 自分はこの言葉を聞くや否や、今から百年前文化五年の辰年のこんな闇の晩に、この杉の根で、一人の盲目を殺したと云う自覚が、忽然こつぜんとして頭の中に起った。おれは人殺ひとごろしであったんだなと始めて気がついた途端とたんに、背中の子が急に石地蔵のように重くなった。


 広い土間の真中に涼み台のようなものをえて、その周囲まわりに小さい床几しょうぎが並べてある。台は黒光りに光っている。片隅かたすみには四角なぜんを前に置いてじいさんが一人で酒を飲んでいる。さかなは煮しめらしい。
 爺さんは酒の加減でなかなか赤くなっている。その上顔中つやつやしてしわと云うほどのものはどこにも見当らない。ただ白いひげをありたけやしているから年寄としよりと云う事だけはわかる。自分は子供ながら、この爺さんの年はいくつなんだろうと思った。ところへ裏のかけひから手桶ておけに水をんで来たかみさんが、前垂まえだれで手をきながら、
「御爺さんはいくつかね」と聞いた。爺さんは頬張ほおばった煮〆にしめみ込んで、
「いくつか忘れたよ」と澄ましていた。神さんは拭いた手を、細い帯の間にはさんで横から爺さんの顔を見て立っていた。爺さんは茶碗ちゃわんのような大きなもので酒をぐいと飲んで、そうして、ふうと長い息を白い髯の間から吹き出した。すると神さんが、
「御爺さんのうちはどこかね」と聞いた。爺さんは長い息を途中で切って、
へその奥だよ」と云った。神さんは手を細い帯の間に突込つっこんだまま、
「どこへ行くかね」とまた聞いた。すると爺さんが、また茶碗のような大きなもので熱い酒をぐいと飲んで前のような息をふうと吹いて、
「あっちへ行くよ」と云った。
真直まっすぐかい」と神さんが聞いた時、ふうと吹いた息が、障子しょうじを通り越して柳の下を抜けて、河原かわらの方へ真直まっすぐに行った。
 爺さんが表へ出た。自分もあとから出た。爺さんの腰に小さい瓢箪ひょうたんがぶら下がっている。肩から四角な箱をわきの下へ釣るしている。浅黄あさぎ股引ももひき穿いて、浅黄の袖無そでなしを着ている。足袋たびだけが黄色い。何だか皮で作った足袋のように見えた。
 爺さんが真直に柳の下まで来た。柳の下に子供が三四人いた。爺さんは笑いながら腰から浅黄の手拭てぬぐいを出した。それを肝心綯かんじんよりのように細長くった。そうして地面じびたの真中に置いた。それから手拭の周囲まわりに、大きな丸い輪をいた。しまいに肩にかけた箱の中から真鍮しんちゅうこしらえた飴屋あめやふえを出した。
「今にその手拭がへびになるから、見ておろう。見ておろう」と繰返くりかえして云った。
 子供は一生懸命に手拭を見ていた。自分も見ていた。
「見ておろう、見ておろう、好いか」と云いながら爺さんが笛を吹いて、輪の上をぐるぐる廻り出した。自分は手拭ばかり見ていた。けれども手拭はいっこう動かなかった。
 爺さんは笛をぴいぴい吹いた。そうして輪の上を何遍も廻った。草鞋わらじ爪立つまだてるように、抜足をするように、手拭に遠慮をするように、廻った。こわそうにも見えた。面白そうにもあった。
 やがて爺さんは笛をぴたりとやめた。そうして、肩に掛けた箱の口を開けて、手拭の首を、ちょいとつまんで、ぽっとほうんだ。
「こうしておくと、箱の中でへびになる。今に見せてやる。今に見せてやる」と云いながら、爺さんが真直に歩き出した。柳の下を抜けて、細い路を真直に下りて行った。自分は蛇が見たいから、細い道をどこまでもいて行った。爺さんは時々「今になる」と云ったり、「蛇になる」と云ったりして歩いて行く。しまいには、
 「今になる、蛇になる、
  きっとなる、笛が鳴る、」
うたいながら、とうとう河の岸へ出た。橋も舟もないから、ここで休んで箱の中の蛇を見せるだろうと思っていると、爺さんはざぶざぶ河の中へ這入はいり出した。始めはひざくらいの深さであったが、だんだん腰から、胸の方まで水につかって見えなくなる。それでも爺さんは
 「深くなる、夜になる、
  真直になる」
と唄いながら、どこまでも真直に歩いて行った。そうしてひげも顔も頭も頭巾ずきんもまるで見えなくなってしまった。
 自分は爺さんが向岸むこうぎしへ上がった時に、蛇を見せるだろうと思って、あしの鳴る所に立って、たった一人いつまでも待っていた。けれども爺さんは、とうとう上がって来なかった。


 こんな夢を見た。
 何でもよほど古い事で、神代かみよに近い昔と思われるが、自分がいくさをして運悪く敗北まけたために、生擒いけどりになって、敵の大将の前に引きえられた。
 その頃の人はみんな背が高かった。そうして、みんな長い髯をやしていた。革の帯をめて、それへ棒のようなつるぎを釣るしていた。弓は藤蔓ふじづるの太いのをそのまま用いたように見えた。うるしも塗ってなければみがきもかけてない。きわめて素樸そぼくなものであった。
 敵の大将は、弓の真中を右の手で握って、その弓を草の上へ突いて、酒甕さかがめを伏せたようなものの上に腰をかけていた。その顔を見ると、鼻の上で、左右のまゆが太く接続つながっている。その頃髪剃かみそりと云うものは無論なかった。
 自分はとりこだから、腰をかける訳に行かない。草の上に胡坐あぐらをかいていた。足には大きな藁沓わらぐつ穿いていた。この時代の藁沓は深いものであった。立つと膝頭ひざがしらまで来た。そのはしの所はわらを少し編残あみのこして、房のように下げて、歩くとばらばら動くようにして、飾りとしていた。
 大将は篝火かがりびで自分の顔を見て、死ぬか生きるかと聞いた。これはその頃の習慣で、捕虜とりこにはだれでも一応はこう聞いたものである。生きると答えると降参した意味で、死ぬと云うと屈服くっぷくしないと云う事になる。自分は一言ひとこと死ぬと答えた。大将は草の上に突いていた弓を向うへげて、腰に釣るした棒のようなけんをするりと抜きかけた。それへ風になびいた篝火かがりびが横から吹きつけた。自分は右の手をかえでのように開いて、たなごころを大将の方へ向けて、眼の上へ差し上げた。待てと云う相図である。大将は太い剣をかちゃりとさやに収めた。
 その頃でも恋はあった。自分は死ぬ前に一目思う女にいたいと云った。大将は夜が開けてとりが鳴くまでなら待つと云った。鶏が鳴くまでに女をここへ呼ばなければならない。鶏が鳴いても女が来なければ、自分は逢わずに殺されてしまう。
 大将は腰をかけたまま、篝火を眺めている。自分は大きな藁沓わらぐつを組み合わしたまま、草の上で女を待っている。夜はだんだんける。
 時々篝火がくずれる音がする。崩れるたびに狼狽うろたえたようにほのおが大将になだれかかる。真黒なまゆの下で、大将の眼がぴかぴかと光っている。すると誰やら来て、新しい枝をたくさん火の中へんで行く。しばらくすると、火がぱちぱちと鳴る。暗闇くらやみはじかえすような勇ましい音であった。
 この時女は、裏のならの木につないである、白い馬を引き出した。たてがみを三度でて高い背にひらりと飛び乗った。くらもないあぶみもない裸馬はだかうまであった。長く白い足で、太腹ふとばらると、馬はいっさんにけ出した。誰かが篝りをしたので、遠くの空が薄明るく見える。馬はこの明るいものを目懸めがけて闇の中を飛んで来る。鼻から火の柱のような息を二本出して飛んで来る。それでも女は細い足でしきりなしに馬の腹をっている。馬はひづめの音が宙で鳴るほど早く飛んで来る。女の髪は吹流しのようにやみの中に尾をいた。それでもまだかがりのある所まで来られない。
 すると真闇まっくらな道のはたで、たちまちこけこっこうという鶏の声がした。女は身を空様そらざまに、両手に握った手綱たづなをうんとひかえた。馬は前足のひづめを堅い岩の上に発矢はっしきざみ込んだ。
 こけこっこうとにわとりがまた一声ひとこえ鳴いた。
 女はあっと云って、めた手綱を一度にゆるめた。馬は諸膝もろひざを折る。乗った人と共に真向まともへ前へのめった。岩の下は深いふちであった。
 蹄のあとはいまだに岩の上に残っている。鶏の鳴く真似まねをしたものは天探女あまのじゃくである。この蹄のあとの岩に刻みつけられている間、天探女は自分のかたきである。


 運慶うんけい護国寺ごこくじの山門で仁王におうを刻んでいると云う評判だから、散歩ながら行って見ると、自分より先にもう大勢集まって、しきりに下馬評げばひょうをやっていた。
 山門の前五六間の所には、大きな赤松があって、その幹がななめに山門のいらかを隠して、遠い青空までびている。松の緑と朱塗しゅぬりの門が互いにうつり合ってみごとに見える。その上松の位地が好い。門の左の端を眼障めざわりにならないように、はすに切って行って、上になるほど幅を広く屋根まで突出つきだしているのが何となく古風である。鎌倉時代とも思われる。
 ところが見ているものは、みんな自分と同じく、明治の人間である。そのうちでも車夫が一番多い。辻待つじまちをして退屈だから立っているに相違ない。
「大きなもんだなあ」と云っている。
「人間をこしらえるよりもよっぽど骨が折れるだろう」とも云っている。
 そうかと思うと、「へえ仁王だね。今でも仁王をるのかね。へえそうかね。わっしゃまた仁王はみんな古いのばかりかと思ってた」と云った男がある。
「どうも強そうですね。なんだってえますぜ。昔から誰が強いって、仁王ほど強い人あ無いって云いますぜ。何でも日本武尊やまとだけのみことよりも強いんだってえからね」と話しかけた男もある。この男は尻を端折はしょって、帽子をかぶらずにいた。よほど無教育な男と見える。
 運慶は見物人の評判には委細頓着とんじゃくなくのみつちを動かしている。いっこう振り向きもしない。高い所に乗って、仁王の顔のあたりをしきりにいて行く。
 運慶は頭に小さい烏帽子えぼしのようなものを乗せて、素袍すおうだか何だかわからない大きなそで背中せなかくくっている。その様子がいかにも古くさい。わいわい云ってる見物人とはまるで釣り合が取れないようである。自分はどうして今時分まで運慶が生きているのかなと思った。どうも不思議な事があるものだと考えながら、やはり立って見ていた。
 しかし運慶の方では不思議とも奇体ともとんと感じ得ない様子で一生懸命に彫っている。仰向あおむいてこの態度を眺めていた一人の若い男が、自分の方を振り向いて、
「さすがは運慶だな。眼中に我々なしだ。天下の英雄はただ仁王とれとあるのみと云う態度だ。天晴あっぱれだ」と云ってめ出した。
 自分はこの言葉を面白いと思った。それでちょっと若い男の方を見ると、若い男は、すかさず、
「あの鑿と槌の使い方を見たまえ。大自在だいじざいの妙境に達している」と云った。
 運慶は今太いまゆ一寸いっすんの高さに横へ彫り抜いて、鑿の歯をたてに返すや否やすに、上から槌をおろした。堅い木をきざみにけずって、厚い木屑きくずが槌の声に応じて飛んだと思ったら、小鼻のおっぴらいた怒り鼻の側面がたちまち浮き上がって来た。そのとうの入れ方がいかにも無遠慮であった。そうして少しも疑念をさしはさんでおらんように見えた。
「よくああ無造作むぞうさに鑿を使って、思うようなまみえや鼻ができるものだな」と自分はあんまり感心したから独言ひとりごとのように言った。するとさっきの若い男が、
「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中にうまっているのを、のみつちの力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだからけっして間違うはずはない」と云った。
 自分はこの時始めて彫刻とはそんなものかと思い出した。はたしてそうなら誰にでもできる事だと思い出した。それで急に自分も仁王がってみたくなったから見物をやめてさっそくうちへ帰った。
 道具箱からのみ金槌かなづちを持ち出して、裏へ出て見ると、せんだっての暴風あらしで倒れたかしを、まきにするつもりで、木挽こびきかせた手頃なやつが、たくさん積んであった。
 自分は一番大きいのを選んで、勢いよくり始めて見たが、不幸にして、仁王は見当らなかった。その次のにも運悪く掘り当てる事ができなかった。三番目のにも仁王はいなかった。自分は積んである薪をかたぱしから彫って見たが、どれもこれも仁王をかくしているのはなかった。ついに明治の木にはとうてい仁王はうまっていないものだと悟った。それで運慶が今日きょうまで生きている理由もほぼ解った。


 何でも大きな船に乗っている。
 この船が毎日毎夜すこしの絶間たえまなく黒いけぶりを吐いてなみを切って進んで行く。すさまじい音である。けれどもどこへ行くんだか分らない。ただ波の底から焼火箸やけひばしのような太陽が出る。それが高い帆柱の真上まで来てしばらくかかっているかと思うと、いつの間にか大きな船を追い越して、先へ行ってしまう。そうして、しまいには焼火箸やけひばしのようにじゅっといってまた波の底に沈んで行く。そのたんびにあおい波が遠くの向うで、蘇枋すおうの色にき返る。すると船はすさまじい音を立ててそのあとおっかけて行く。けれども決して追つかない。
 ある時自分は、船の男をつらまえて聞いて見た。
「この船は西へ行くんですか」
 船の男は怪訝けげんな顔をして、しばらく自分を見ていたが、やがて、
「なぜ」と問い返した。
「落ちて行く日を追かけるようだから」
 船の男はからからと笑った。そうして向うの方へ行ってしまった。
「西へ行く日の、はては東か。それは本真ほんまか。ひがし出る日の、御里おさとは西か。それも本真か。身は波の上。※(「楫のつくり+戈」、第3水準1-84-66)かじまくら。流せ流せ」とはやしている。へさきへ行って見たら、水夫が大勢寄って、太い帆綱ほづな手繰たぐっていた。
 自分は大変心細くなった。いつおかへ上がれる事か分らない。そうしてどこへ行くのだか知れない。ただ黒いけぶりを吐いて波を切って行く事だけはたしかである。その波はすこぶる広いものであった。際限さいげんもなくあおく見える。時にはむらさきにもなった。ただ船の動く周囲まわりだけはいつでも真白にあわを吹いていた。自分は大変心細かった。こんな船にいるよりいっそ身を投げて死んでしまおうかと思った。
 乗合のりあいはたくさんいた。たいていは異人のようであった。しかしいろいろな顔をしていた。空が曇って船が揺れた時、一人の女がてすりりかかって、しきりに泣いていた。眼を拭く手巾ハンケチの色が白く見えた。しかし身体からだには更紗さらさのような洋服を着ていた。この女を見た時に、悲しいのは自分ばかりではないのだと気がついた。
 ある晩甲板かんぱんの上に出て、一人で星を眺めていたら、一人の異人が来て、天文学を知ってるかと尋ねた。自分はつまらないから死のうとさえ思っている。天文学などを知る必要がない。黙っていた。するとその異人が金牛宮きんぎゅうきゅういただきにある七星しちせいの話をして聞かせた。そうして星も海もみんな神の作ったものだと云った。最後に自分に神を信仰するかと尋ねた。自分は空を見て黙っていた。
 或時サローンに這入はいったら派手はで衣裳いしょうを着た若い女が向うむきになって、洋琴ピアノいていた。そのそばに背の高い立派な男が立って、唱歌をうたっている。その口が大変大きく見えた。けれども二人は二人以外の事にはまるで頓着とんじゃくしていない様子であった。船に乗っている事さえ忘れているようであった。
 自分はますますつまらなくなった。とうとう死ぬ事に決心した。それである晩、あたりに人のいない時分、思い切って海の中へ飛び込んだ。ところが――自分の足が甲板かんぱんを離れて、船と縁が切れたその刹那せつなに、急に命が惜しくなった。心の底からよせばよかったと思った。けれども、もう遅い。自分はいやでも応でも海の中へ這入らなければならない。ただ大変高くできていた船と見えて、身体は船を離れたけれども、足は容易に水に着かない。しかしつかまえるものがないから、しだいしだいに水に近づいて来る。いくら足をちぢめても近づいて来る。水の色は黒かった。
 そのうち船は例の通り黒いけぶりを吐いて、通り過ぎてしまった。自分はどこへ行くんだか判らない船でも、やっぱり乗っている方がよかったと始めて悟りながら、しかもその悟りを利用する事ができずに、無限の後悔と恐怖とをいだいて黒い波の方へ静かに落ちて行った。


 床屋の敷居をまたいだら、白い着物を着てかたまっていた三四人が、一度にいらっしゃいと云った。
 真中に立って見廻すと、四角な部屋である。窓が二方にいて、残る二方に鏡がかかっている。鏡の数を勘定かんじょうしたら六つあった。
 自分はその一つの前へ来て腰をおろした。すると御尻おしりがぶくりと云った。よほど坐り心地ごこちが好くできた椅子である。鏡には自分の顔が立派に映った。顔のうしろには窓が見えた。それから帳場格子ちょうばごうしはすに見えた。格子の中には人がいなかった。窓の外を通る往来おうらいの人の腰から上がよく見えた。
 庄太郎が女を連れて通る。庄太郎はいつの間にかパナマの帽子を買ってかぶっている。女もいつの間にこしらえたものやら。ちょっと解らない。双方とも得意のようであった。よく女の顔を見ようと思ううちに通り過ぎてしまった。
 豆腐屋とうふや喇叭らっぱを吹いて通った。喇叭を口へあてがっているんで、ほっぺたがはちされたようにふくれていた。膨れたまんまで通り越したものだから、気がかりでたまらない。生涯しょうがい蜂に螫されているように思う。
 芸者が出た。まだ御化粧おつくりをしていない。島田の根がゆるんで、何だか頭にしまりがない。顔も寝ぼけている。色沢いろつやが気の毒なほど悪い。それで御辞儀おじぎをして、どうも何とかですと云ったが、相手はどうしても鏡の中へ出て来ない。
 すると白い着物を着た大きな男が、自分のうしろへ来て、はさみくしを持って自分の頭を眺め出した。自分は薄いひげひねって、どうだろう物になるだろうかと尋ねた。白い男は、にも云わずに、手に持った琥珀色こはくいろくしで軽く自分の頭をたたいた。
「さあ、頭もだが、どうだろう、物になるだろうか」と自分は白い男に聞いた。白い男はやはり何も答えずに、ちゃきちゃきと鋏を鳴らし始めた。
 鏡に映る影を一つ残らず見るつもりで眼を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みはっていたが、鋏の鳴るたんびに黒い毛が飛んで来るので、恐ろしくなって、やがて眼を閉じた。すると白い男が、こう云った。
旦那だんなは表の金魚売を御覧なすったか」
 自分は見ないと云った。白い男はそれぎりで、しきりと鋏を鳴らしていた。すると突然大きな声で危険あぶねえと云ったものがある。はっと眼を開けると、白い男のそでの下に自転車の輪が見えた。人力の梶棒かじぼうが見えた。と思うと、白い男が両手で自分の頭を押えてうんと横へ向けた。自転車と人力車はまるで見えなくなった。鋏の音がちゃきちゃきする。
 やがて、白い男は自分の横へ廻って、耳の所をり始めた。毛が前の方へ飛ばなくなったから、安心して眼を開けた。粟餅あわもちや、餅やあ、餅や、と云う声がすぐ、そこでする。小さいきねをわざとうすへあてて、拍子ひょうしを取って餅をいている。粟餅屋は子供の時に見たばかりだから、ちょっと様子が見たい。けれども粟餅屋はけっして鏡の中に出て来ない。ただ餅を搗く音だけする。
 自分はあるたけの視力で鏡のかどのぞき込むようにして見た。すると帳場格子のうちに、いつの間にか一人の女が坐っている。色の浅黒い眉毛まみえの濃い大柄おおがらな女で、髪を銀杏返いちょうがえしにって、黒繻子くろじゅす半襟はんえりのかかった素袷すあわせで、立膝たてひざのまま、さつ勘定かんじょうをしている。札は十円札らしい。女は長いまつげを伏せて薄いくちびるを結んで一生懸命に、札の数を読んでいるが、その読み方がいかにも早い。しかも札の数はどこまで行っても尽きる様子がない。ひざの上に乗っているのはたかだか百枚ぐらいだが、その百枚がいつまで勘定しても百枚である。
 自分は茫然ぼうぜんとしてこの女の顔と十円札を見つめていた。すると耳の元で白い男が大きな声で「洗いましょう」と云った。ちょうどうまい折だから、椅子から立ち上がるや否や、帳場格子ちょうばごうしの方をふり返って見た。けれども格子のうちには女も札も何にも見えなかった。
 だいを払って表へ出ると、門口かどぐちの左側に、小判こばんなりのおけが五つばかり並べてあって、その中に赤い金魚や、斑入ふいりの金魚や、せた金魚や、ふとった金魚がたくさん入れてあった。そうして金魚売がそのうしろにいた。金魚売は自分の前に並べた金魚を見つめたまま、頬杖ほおづえを突いて、じっとしている。騒がしい往来おうらいの活動にはほとんど心を留めていない。自分はしばらく立ってこの金魚売を眺めていた。けれども自分が眺めている間、金魚売はちっとも動かなかった。


 世の中が何となくざわつき始めた。今にも戦争いくさが起りそうに見える。焼け出された裸馬はだかうまが、夜昼となく、屋敷の周囲まわりまわると、それを夜昼となく足軽共あしがるどもひしめきながらおっかけているような心持がする。それでいて家のうちはしんとして静かである。
 家には若い母と三つになる子供がいる。父はどこかへ行った。父がどこかへ行ったのは、月の出ていない夜中であった。とこの上で草鞋わらじ穿いて、黒い頭巾ずきんかぶって、勝手口から出て行った。その時母の持っていた雪洞ぼんぼりが暗いやみに細長く射して、生垣いけがきの手前にある古いひのきを照らした。
 父はそれきり帰って来なかった。母は毎日三つになる子供に「御父様は」と聞いている。子供は何とも云わなかった。しばらくしてから「あっち」と答えるようになった。母が「いつ御帰り」と聞いてもやはり「あっち」と答えて笑っていた。その時は母も笑った。そうして「今に御帰り」と云う言葉を何遍となく繰返して教えた。けれども子供は「今に」だけを覚えたのみである。時々は「御父様はどこ」と聞かれて「今に」と答える事もあった。
 夜になって、四隣あたりが静まると、母は帯をめ直して、鮫鞘さめざやの短刀を帯の間へ差して、子供を細帯で背中へ背負しょって、そっとくぐりから出て行く。母はいつでも草履ぞうりを穿いていた。子供はこの草履の音を聞きながら母の背中で寝てしまう事もあった。
 土塀つちべいの続いている屋敷町を西へくだって、だらだら坂をくすと、大きな銀杏いちょうがある。この銀杏を目標めじるしに右に切れると、一丁ばかり奥に石の鳥居がある。片側は田圃たんぼで、片側は熊笹くまざさばかりの中を鳥居まで来て、それを潜り抜けると、暗い杉の木立こだちになる。それから二十間ばかり敷石伝いに突き当ると、古い拝殿の階段の下に出る。鼠色ねずみいろに洗い出された賽銭箱さいせんばこの上に、大きな鈴のひもがぶら下がって昼間見ると、その鈴のそば八幡宮はちまんぐうと云う額がかかっている。八の字が、はとが二羽向いあったような書体にできているのが面白い。そのほかにもいろいろの額がある。たいていは家中かちゅうのものの射抜いた金的きんてきを、射抜いたものの名前に添えたのが多い。たまには太刀たちを納めたのもある。
 鳥居をくぐると杉のこずえでいつでもふくろうが鳴いている。そうして、冷飯草履ひやめしぞうりの音がぴちゃぴちゃする。それが拝殿の前でやむと、母はまず鈴を鳴らしておいて、すぐにしゃがんで柏手かしわでを打つ。たいていはこの時梟が急に鳴かなくなる。それから母は一心不乱に夫の無事を祈る。母の考えでは、夫がさむらいであるから、弓矢の神の八幡はちまんへ、こうやって是非ないがんをかけたら、よもやかれぬ道理はなかろうと一図いちずに思いつめている。
 子供はよくこの鈴の音で眼をまして、四辺あたりを見ると真暗だものだから、急に背中で泣き出す事がある。その時母は口の内で何か祈りながら、背を振ってあやそうとする。するとうまきやむ事もある。またますますはげしく泣き立てる事もある。いずれにしても母は容易に立たない。
 一通ひととおり夫の身の上を祈ってしまうと、今度は細帯を解いて、背中の子をりおろすように、背中から前へ廻して、両手にきながら拝殿をのぼって行って、「好い子だから、少しの、待っておいでよ」ときっと自分の頬を子供の頬へりつける。そうして細帯を長くして、子供をしばっておいて、その片端を拝殿の欄干らんかんくくりつける。それから段々を下りて来て二十間の敷石を往ったり来たり御百度おひゃくどを踏む。
 拝殿にくくりつけられた子は、暗闇くらやみの中で、細帯のたけのゆるす限り、広縁の上をい廻っている。そう云う時は母にとって、はなはだらくな夜である。けれどもしばった子にひいひい泣かれると、母は気が気でない。御百度の足が非常に早くなる。大変息が切れる。仕方のない時は、中途で拝殿へあがって来て、いろいろすかしておいて、また御百度を踏み直す事もある。
 こう云う風に、幾晩となく母が気をんで、の目も寝ずに心配していた父は、とくの昔に浪士ろうしのために殺されていたのである。
 こんなかなしい話を、夢の中で母から聞いた。


 庄太郎が女にさらわれてから七日目の晩にふらりと帰って来て、急に熱が出てどっと、床にいていると云ってけんさんが知らせに来た。
 庄太郎は町内一の好男子こうだんしで、至極しごく善良な正直者である。ただ一つの道楽がある。パナマの帽子をかぶって、夕方になると水菓子屋みずがしやの店先へ腰をかけて、往来おうらいの女の顔を眺めている。そうしてしきりに感心している。そのほかにはこれと云うほどの特色もない。
 あまり女が通らない時は、往来を見ないで水菓子を見ている。水菓子にはいろいろある。水蜜桃すいみつとうや、林檎りんごや、枇杷びわや、バナナを綺麗きれいかごに盛って、すぐ見舞物みやげものに持って行けるように二列に並べてある。庄太郎はこの籠を見ては綺麗きれいだと云っている。商売をするなら水菓子屋に限ると云っている。そのくせ自分はパナマの帽子を被ってぶらぶら遊んでいる。
 この色がいいと云って、夏蜜柑なつみかんなどを品評する事もある。けれども、かつてぜにを出して水菓子を買った事がない。ただでは無論食わない。色ばかりめている。
 ある夕方一人の女が、不意に店先に立った。身分のある人と見えて立派な服装をしている。その着物の色がひどく庄太郎の気に入った。その上庄太郎は大変女の顔に感心してしまった。そこで大事なパナマの帽子をって丁寧ていねい挨拶あいさつをしたら、女は籠詰かごづめの一番大きいのをして、これを下さいと云うんで、庄太郎はすぐその籠を取って渡した。すると女はそれをちょっとげて見て、大変重い事と云った。
 庄太郎は元来閑人ひまじんの上に、すこぶる気作きさくな男だから、ではお宅まで持って参りましょうと云って、女といっしょに水菓子屋を出た。それぎり帰って来なかった。
 いかな庄太郎でも、あんまり呑気のんき過ぎる。只事ただごとじゃ無かろうと云って、親類や友達が騒ぎ出していると、七日目の晩になって、ふらりと帰って来た。そこで大勢寄ってたかって、庄さんどこへ行っていたんだいと聞くと、庄太郎は電車へ乗って山へ行ったんだと答えた。
 何でもよほど長い電車に違いない。庄太郎の云うところによると、電車を下りるとすぐと原へ出たそうである。非常に広い原で、どこを見廻しても青い草ばかりえていた。女といっしょに草の上を歩いて行くと、急に絶壁きりぎし天辺てっぺんへ出た。その時女が庄太郎に、ここから飛び込んで御覧なさいと云った。底をのぞいて見ると、切岸きりぎしは見えるが底は見えない。庄太郎はまたパナマの帽子を脱いで再三辞退した。すると女が、もし思い切って飛び込まなければ、ぶためられますが好うござんすかと聞いた。庄太郎は豚と雲右衛門が大嫌だいきらいだった。けれども命にはえられないと思って、やっぱり飛び込むのを見合せていた。ところへ豚が一匹鼻を鳴らして来た。庄太郎は仕方なしに、持っていた細い檳榔樹びんろうじゅ洋杖ステッキで、豚の鼻頭はなづらった。豚はぐうと云いながら、ころりとかえって、絶壁の下へ落ちて行った。庄太郎はほっと息接いきついでいるとまた一匹の豚が大きな鼻を庄太郎にりつけに来た。庄太郎はやむをえずまた洋杖を振り上げた。豚はぐうと鳴いてまた真逆様まっさかさまに穴の底へころげ込んだ。するとまた一匹あらわれた。この時庄太郎はふと気がついて、向うを見ると、はるかの青草原の尽きるあたりから幾万匹か数え切れぬ豚が、むれをなして一直線に、この絶壁の上に立っている庄太郎を目懸めがけて鼻を鳴らしてくる。庄太郎はしんから恐縮した。けれども仕方がないから、近寄ってくる豚の鼻頭を、一つ一つ丁寧ていねいに檳榔樹の洋杖で打っていた。不思議な事に洋杖が鼻へさわりさえすれば豚はころりと谷の底へ落ちて行く。のぞいて見ると底の見えない絶壁を、さかさになった豚が行列して落ちて行く。自分がこのくらい多くの豚を谷へ落したかと思うと、庄太郎は我ながらこわくなった。けれども豚は続々くる。黒雲に足がえて、青草を踏み分けるような勢いで無尽蔵むじんぞうに鼻を鳴らしてくる。
 庄太郎は必死の勇をふるって、豚の鼻頭を七日なのか六晩むばんたたいた。けれども、とうとう精根が尽きて、手が蒟蒻こんにゃくのように弱って、しまいに豚にめられてしまった。そうして絶壁の上へ倒れた。
 健さんは、庄太郎の話をここまでして、だからあんまり女を見るのはくないよと云った。自分ももっともだと思った。けれども健さんは庄太郎のパナマの帽子が貰いたいと云っていた。
 庄太郎は助かるまい。パナマは健さんのものだろう。

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