「MMTと中国のマクロ経済政策立案に対する重要な意義」(賈根良・中国人民大学教授、2022年6月17日)
中国人民大学(北京)の学術会議・中国マクロ経済フォーラム(CMF)は6月17日、WeChat(中国SNS)公式アカウントにて、同大学の賈根良(か・こんりょう)教授の講演概要を発表したところ、以下のとおり紹介する。(原文:贾根良:MMT及其对中国宏观经济政策制定的重要意义)
ポイント
現代貨幣理論(Modern Monetary Theory、MMT)は中国でも賛否両論であり、日本でいう「財政ファイナンス」に類する誤解をはじめ深刻な誤解もある。
2015年から中国の財政赤字率は外需縮小により大幅に増大しており、国内市場主導型の経済への移行に伴い、非政府部門を安定化させるには財政赤字を拡大することが必要である。
中国の企業部門の負債比率は高く、広範な金融リスクがある。中国は財政赤字を縮小しようとしているが、むしろ増やす必要がある。非政府部門の総現金流入を安定させて債務返済能力を高め、負債比率を下げることで、中国の金融システムの構造的リスクを減らすことができる。
中国の地方政府債務は、世界金融危機が勃発してから2013年までの国の高度成長に重要な貢献をした。中国の金利は依然として高く、 中小企業の融資難と融資高の問題解決を困難にし、海外投機家に巨額のヘッジ投機の機会を提供している。中国は米国と日本の経験に倣い、国債金利を大幅に下げるべきだ。
就業保障プログラム(JGP)は「住民の就業を守る」、「基本的民生を守る」、インフレを予防するという現在の中国の方針にとって、重要な意義があり、ピンポイントな貧困扶助、相対的貧困の解決、所得格差の縮小にも重要な意義がある。
中国の学界でもMMTに対する誤解がある中で、賈根良教授は上述のとおり極めて精緻な理解を示しており、中国マクロ経済政策におけるMMTの重要性も明確である。2020年5月にはJGPのパイロット実施に関する提言を国務院に提出しており、いずれ大規模に展開することを提案している。
「MMTと中国のマクロ経済政策立案に対する重要な意義」(賈根良・中国人民大学教授、2022年6月17日)
世界金融危機が勃発した後、また新型コロナのパンデミックに対応するため、先進国は記録的な財政赤字で経済を安定させる措置をとり、国家財政支出の制限要因と公共債務の持続可能性問題に対する人々の関心をますます高めた。2019年にはわが国(中国)で「財政赤字の貨幣化」(※1)に関する大論争を引き起こしたが、MMT(現代貨幣理論)は、中国で広まる過程において深刻な誤解を生んだ。本レポートでは、まずMMTに関連する二つの概念を明らかにし、次に四つの例を挙げてMMTの中国のマクロ経済政策制定に対する重要な意義を簡単に説明し、関連する政策提案を紹介する。
一、現代貨幣理論に関する二つの概念
(一)財政の持続可能性、財政空間とは何か?
現在、財政の持続可能性や財政空間(fiscal space)を測る三つの概念が流布している。 一つ目は独断的な財政赤字率と債務ハードルであり、例えば現在も中国で支配的ないわゆる「3%の財政赤字率レッドライン」が挙げられる。後記する図「中国の部門別別収支グラフ」は、2015年以来毎年、中国の財政赤字率が3%を超えていることを示しているが、人々はいまだにレッドラインのドグマに固執している。 二つ目は、財政の持続可能性や財政空間を国が使用または調達できる資金の量を示すものと捉える見方である。例えば、中国人民大学・中国マクロ経済フォーラム(CMF)が2022年5月25日に開催した会議「積極的財政政策の下の財政空間」の主要報告書では、この概念が使われている。三つ目は債務利払いの持続可能性で、アメリカの有名なマクロ経済学者ブランシャール(Blanchard)がこの概念を使っている。
これらの概念は、いずれも主権貨幣国家の財政支出を家計と類比する錯誤による産物であり、自ら課した制限であり、通貨発行の独占権を持つ国家政府には適さない。なぜそう言えるのか? これは最も基本的な問いに関係している。つまり「主権貨幣国がその通貨の独占発行者である場合、財政支出の資金はどこから来るのか? 」という問題だ。多くの人々は考えもせずに「税収と借金から来る」と答えるが、それは 「NO!」だ。 主権貨幣国がその通貨の独占発行者であるなら、お金が足りなくなったりするだろうか? 収入と借金が必要だろうか?国が調達できる資金として財政の持続可能性や財政空間を定義するだろうか?
読者がこの見方に同意しても、「主権貨幣国家の財政支出に資金の制限がなければ、そうした支出に制約がないことを意味するのか」と疑問を提起する可能性もあろう。もちろん制約はある。それは実質的経済資源の制限であり、その中で最も重要なのはインフレ制約である。これがMMTにおける財政の持続可能性または財政空間の概念であり、資金制約を資源制約に置き換え、人為的な収入制約をインフレ制約に置き換えたものである。主権貨幣国家の財政における予算の核心は、利用可能な資源に基づく予算であり、インフレリスクを意思決定の重要な指標としている。予算を立てる際には、財政支出の構造に注目し、総需要過剰、資源不足、生産能力不足によるインフレを避ける必要がある。資源制約の財政予算原則とその制約要因は主に次の三点である。
まず、大きな遊休生産能力と高い失業率が存在し、完全雇用が実現していない場合、政府の支出が不足していることを示しており、政府は財政赤字率を高める必要がある。 次に、伝統ケインズ主義的な呼び水による刺激政策には欠陥があり、完全雇用に至らないうちにインフレを招く。そのため、MMTは財政予算が特に支出構造を重視し、資源のボトルネックと構造的不足を避けるべきであることを強調している。そしてMMTの最も重要な革新性は、就業保障(※2)という物価安定と完全雇用を同時に達成できるマクロ経済管理の枠組みを提示し、発展させたことである。最後に、総支出には民間支出も含まれており、名目総需要の増加速度が経済が総需要を吸収する実質能力よりも速いと、インフレが起こる。これは公共の財政支出においても例外ではない。 したがって、完全雇用が達成された場合、インフレの危険に注意しなければならないが、完全雇用が達成された場合でも、民間部門が貯蓄を増やしたいという願いが強い場合は、財政赤字の増加が必要である。インフレ問題にどう対処するかについて、まずはMMTの理論全体を整理し、国内に紹介する必要がある。
MMTでは、財政赤字の大きさは主に市場によって決定され、非政府部門の純貯蓄の意向に依存すると考えられている。政府支出の自由裁量権は通常、財政支出の約30%程度しか占めていないが、この自由裁量権でも、一般的に非政府部門の純金融資産の増加のニーズに対応しなければならない。非政府部門の支出が強ければ強いほど、財政赤字は小さくなり、場合によっては財政黒字になることもある。 政府には、その税収または支出水準を適切な水準に設定して、政府の総支出を通じて完全雇用を維持し、インフレもデフレも起こらないようにする責任がある。これが1943年にラーナーが提唱した機能的財政の原理である。
要するに、MMTによれば、財政赤字の重要性は、非政府部門に純金融資産を提供し、民間部門の財務構造(後記参照)を安定させる点だけでなく、さらに重要なことに、完全雇用、生産性の向上、生活保障などの非財政的な政治経済目標を達成するための基本的な政策ツールである点にある。また、財政赤字率の高低は重要ではなく、実際の経済状況に基づいて決定する必要があるとされ、MMTも無制限の赤字政策を主張していない。MMTがインフレ問題を無視しているという巷の見方とは対照的に、MMTの重点は実物資源を保障し、インフレの発生を回避する経済学である。
では、現代貨幣理論はなぜ国家財政を家計と類比するのが間違いであると考えているのだろうか?なぜ主流派経済学はこのような間違いを犯しているのだろうか?最も重要な理由は、主権貨幣制度と非主権貨幣制度を区別していない点である。簡単に言えば、国家財政の家計との類比は、ユーロのような非主権貨幣制度の下で初めて成立するのである。ユーロ圏諸国にとってユーロは自国で発行されたものではなく、むしろそれは外国通貨に等しく、ユーロ圏諸国は通貨の使用者にすぎないため、国家支出は民間部門の家計と同様に収入源によって制限される。新型コロナウイルスによるパンデミックが突然発生した後、欧州中央銀行はパンデミック緊急資産購入プログラム(PEPP)を発表し、状況は少し複雑になったが、時間の関係でここでは議論できない。
金本位制とブレトンウッズシステム(金為替本位制)という二つの貨幣制度の下で、国家支出は金本位による「金箍」(きんこ)という一種の「緊箍呪」(きんこじゅ)(※3)の制約を受けているため、国家の財政能力には大きな制限があった。金本位制とブレトンウッズ体制の崩壊により、主権貨幣国家の財政能力は大きく解放された。簡単に言えば、現代貨幣理論はブレトンウッズシステムが崩壊した後の主権貨幣運動法則に関する研究である。
財政・貨幣制度の歴史的変遷とその理論的問題に関する中国語文献については、以下の二つの文章を参照願いたい:
賈根良「財政・貨幣制度の革命と国内大循環の歴史的起源」、『求索』2021年第2期;
賈根良、何増平「貨幣発展の歴史観と貨幣創造の政治経済学――孫国峰教授との討論」、『浙江工商大学学報』2020年第12期。
財政赤字の貨幣化、財政規律、中央銀行の独立、債務上限など、現代貨幣理論に対する様々な誤解は、主権貨幣(国家貨幣)制度の概念がないマクロ経済学の教科書的思考の産物である。主権貨幣制度と非主権貨幣制度は本質的に異なり、そのマクロ経済政策上の含意には大きな違いがある。表1を見てみよう。
表1は、主権貨幣制度と非主権貨幣制度の違いの簡単な比較だが、その重要な基準の一つは国家政府が自国通貨の独占発行者かどうかである。しかし、これは必要条件であり、十分条件ではない。もし国家政府がその通貨を貴金属や外国通貨に交換できると約束し、固定為替相場制度を実施した場合、政府が自国通貨の独占発行者であっても、それは金本位制やブレトンウッズシステム同様、主権貨幣制度ではない。
表1から分かるように、主権貨幣国家の財政赤字が生み出す純金融資産(広義の貨幣)は、民間が生産する「飢えを凌ぐ食糧にも寒さを凌ぐ衣服にもならない金銀(「薛暮橋語」、1945年)」(※4)に代わるものであり、その点において主権貨幣政府の財政赤字は「一挙両得」(一石二鳥)である。政府は公共目的のための支出に「資金不足」に陥ることはなく、非政府部門も政府の財政赤字によって資金や貯蓄を増やしている。これは主流派経済学の教科書的理論とは明らかに真逆である。表1では、異なる貨幣制度がマクロ経済政策のその他の面で持つ意味も異なることを比較している。
ブレトンウッズシステムは1970年代に崩壊したが、これまで主流派経済学はこのような重大な歴史的変革と経済理論との関係に関心を持っていなかった。1990年代、巡り合わせによる出会いと、経済思想史における異端派経済学の伝統などの要素との相互作用によって、レイ、モズラー、ミッチェルは、この崩壊がマクロ経済学とマクロ経済政策をひっくり返す影響をもたらしたことに注目し、現代貨幣理論学派を誕生させた。私はMMTの誕生を「コペルニクス革命」と呼んでいる。
表2はMMTの「コペルニクス革命」を「政府財政と民間部門との関係」という一点だけで簡単に説明している。主流派経済学では公共支出の資金は納税者と富裕層が提供すると考えられており、新自由主義の政治家サッチャーの「存在するのは民間のお金だけであり、政府のお金などというものは存在しない」という名言は、主流派経済学のこの観念を際立たせている。しかし主権貨幣制度の下では、 実態は現代貨幣理論が明らかにした「国家の財政赤字が非政府部門に純金融資産を提供する」ことである。主流派経済学と現代貨幣理論という二つの異なる経済学のパラダイムと理論体系にとって、この二つの関係は完全に逆転している。朝は東から出て、夜は西へと沈む太陽を見た「経験」から、「太陽が地球の周りを回っている」と捉えるのと同じように、主流派経済学の「公共支出の資金は納税者が提供する」という理論も家計という日常的な経験と直感から得られたものである。現代貨幣理論はレンズのように、現象から本質まで掘り下げて、主権貨幣の運動法則を明らかにした。天文学で例えると、現在大学で講義されているマクロ経済学と財政学の教科書が「プトレマイオス体系」であるとすれば、MMTのマクロ経済学は「コペルニクス体系」である。この観点から、MMTは経済学の「コペルニクス革命」といえる。MMTは、マクロ経済学など多くの学科に革新的な影響を与え、多くの問題について認識を改めるよう迫られるであろう。
(二)「財政赤字の貨幣化」はなぜ不適切な概念なのか?
中国では、「財政赤字の貨幣化」とは、中央銀行が国債を購入することで国家政府に融資を提供することを指す。簡単に言えば、わが国の学者は中央銀行がセカンダリーマーケット(流通市場、二次市場)で国債を購入して財政を支えるやり方を広義の財政赤字の貨幣化と呼び、プライマリーマーケット(発行市場、一次市場)で国債を購入するやり方を狭義の財政赤字の貨幣化と呼ぶ。(参照:野村證券)
まず、主権貨幣制度の下では、国債の売買は政府が自由に決めるものではないため、「財政赤字の貨幣化」というのは起こり得ないことを説明する。
先に一つ目のケースを考えてみよう。中央銀行がセカンダリーマーケットから国債を購入するかどうかは政府部門ではなく、民間部門の選択である。中央銀行による金利目標制の下で、民間部門の通貨に対する需要が上昇すると、市場金利が上昇し、目標金利を維持するために、中央銀行は国債を購入し、流動性を解放して、民間部門の通貨に対する需要を満たす。逆もまた然りである。このことから、国債の売買は中央銀行が自由に決められるものではない。
二つ目のケースは次のとおりである。中央銀行が財政部(財務省)から直接国債を購入し、財政部が中銀の提供する通貨を費やした場合、財政部が支出した結果、銀行システムに超過準備が発生し、金利はゼロになるまで下がる。この場合、中央銀行の目標金利を維持するために、中央銀行は同量の国債を売却して準備預金を減らさなければならない。中央銀行が財政部から直接国債を購入した場合でも、中央銀行が民間部門の国債売買の仲介役にすぎないことは明らかである。いずれのケースも、主権貨幣制度の下で、国債の売買は実質的には金融政策(通貨政策)であり、金利目標を維持するための政策ツールにすぎず、融資の機能はないことを示している。
最後に、理論の根本的な話をすれば、この「財政赤字の貨幣化」という概念自体が不適切であり、主流派経済学の「財政健全化」思考と家計との類比の産物である。国際金融危機が勃発した後、FRBは2008年に一部の準備預金に対して国債発行の慣例をとらず、国債購入に相当する金利を提供した。これは、通貨の独占発行者として、主権貨幣政府の中央銀行が超過準備預金の金利を調節することで目標金利を維持する目的を達成しており、国債を発行する必要がないことを示している。主権貨幣政府が国債を発行しなくなったら、中央銀行が国債を購入することで財政部に融資を提供するという幻想は完全に消えてしまうのではないだろうか。現代貨幣理論では、「財政赤字の貨幣化」は不適切な概念であると考えられており、この概念はまったく使われていない。この概念によって現代貨幣理論を理解するというのは深刻な誤読である。
MMTと「財政赤字の貨幣化」の概念との関係については、何増平、賈根良「財政赤字の貨幣化:現代貨幣理論の誤読の概念」(『学習与探求』2022年第4期)を参照願いたい。
わが国は現在MMTに対する誤解が多いが、これら二つの概念を明確にするしかない。 その目的はMMTを理解することであり、現代貨幣理論を真に理解してこそ、われわれは「国家統治の基礎と重要な柱としての財政」の役割を十分に発揮することができる。これは現在新型コロナウイルスのパンデミックの需要に対応するだけでなく、わが国が今後数十年で直面する多くの重大な経済社会問題の挑戦にも対応するためである。
二、MMTの中国におけるマクロ経済政策の立案に対する重要な意義
(一)国内の大循環に対する重要な意義
国際収支が均衡状態もしくは閉鎖経済の条件下で、一国の民間部門を全体として、その金融資産の純増加はどこから来るのかを問うてみよう。もしくは、民間部門全体として、その純貨幣収入の増加はどこから来るのだろうか?民間部門の内部では、あらゆる金融資産の創造と保有が別の負債によって相殺されるため、自国の民間部門自身が金融資産の純利益を生み出すことができないことは明らかである。同様に、ある民間部門の純貨幣収入は別の民間部門の純貨幣支出と等しいため、自国の民間部門全体では自分で自分の純貨幣収入の増加を生むことはできない。そして、民間部門全体では、純貨幣収入の増加も金融資産の純利益も必ず民間部門の外部から来ており、国際収支均衡または閉鎖経済条件下では、必ず通貨発行独占者である主権貨幣政府から来ている。つまり、国家の財政赤字は民間部門に純金融資産を提供するのである。MMTの公式では、主権国家政府の財政収支=非政府部門収支であり、国内非政府部門収支+国外部門収支とも等しい。MMTは国外部門を非自国政府部門と見なしており、等式の両側に項目を移動すると、国内の非政府部門収支は自国政府部門収支+国外部門収支と等しくなる。
現在の中国にとって、国内非政府部門収支は中国政府の財政赤字+貿易黒字に等しい。わが国は過去30年間貿易黒字だったので、今後数年またはかなり長い間貿易黒字になる可能性がある。しかし、貿易黒字がゼロのとき、国内の非政府部門は全体として、純収入、または純金融資産や民間部門全体の純利益の増加を自国政府の財政赤字で賄わなければならない。これは現代貨幣理論が明らかにした基本的な経済法則である。
上の図は1990年から2021年までの三部門の収支均衡グラフであり、この図では灰色の部分は国内非政府部門の黒字で、それは青色の国の財政赤字とオレンジ色の貿易黒字によって提供されている。貿易黒字がゼロの時、国内非政府部門の黒字はすべて国の財政赤字によって提供されなければならない。図から分かるように、2015年から中国の財政赤字率は大幅に増大しており、これは外需の縮小による貿易黒字の減少などの要因の必然的な結果である。貿易黒字の伸び率が低下したとき、国内非政府部門の純貯蓄が依然として増加している場合、自国政府の財政赤字は必ず増加する。
逆グローバル化がさらに進み、海外市場が萎縮し続け、各国が自給自足を強調している中で、わが国は国内(経済)の大循環に移行しなければならない。国内の大循環の重要な要素は非政府部門の資本に余裕があるかどうかであり、余裕を持たせるためには政府の財政赤字を安定させ、拡大しなければならない。2020年、私は『国内大循環:経済発展新戦略と政策選択』という著書の中で、国内大循環の最も基本的な戦略は、輸出主導型経済発展戦略を貿易均衡戦略に置き換えることであり、その核心は、純輸出を自国政府の財政赤字支出に置き換えることであると述べた。
(二)金融リスク防止の真の意味
わが国の非政府部門、特に企業部門の負債比率(レバレッジ比率)は過度に高く、広範囲の金融リスクがあり、レバレッジをかけなければならないため、投資に後ろ向きである。どうやってこの問題を解決するのか?私は2016年の元日に財政部に提出した内部研究報告書で、(国の)政府赤字支出を拡大する(レバレッジを上げる)ことで、非政府部門の負債比率を下げる(レバレッジを下げる)ことを提案した。
すでに指摘したように、財政赤字=非政府部門の純金融資産であるため、財政赤字率(政府部門の負債比率)が上がると非政府部門の負債比率が下がる。
このような原理を理解すれば、現在中国で流行している「マクロレバレッジ比率」(経済全体の債務水準)、特に「総レバレッジ比率」の概念に欠陥があることが分かる。(例えば、中国人民銀行の調査統計司レバレッジ比率プロジェクトチーム「マクロレバレッジ比率の推計及び分析」、『中国金融』2021年第17期を参照)。中でも「総レバレッジ比率」は性質が全く逆の「国家債務」と「個人債務」を合算しており、このような誤りが発生する根源は、通貨の発行者と通貨の使用者を区別していないことにある。
「マクロレバレッジ比率」などの観念は経済政策の立案に直接の影響を与えた。例えば、2021年3月15日の国務院常務会議は、その年の政府活動報告の重点任務の分担を確定する際、「マクロレバレッジ比率をほぼ安定させ、政府レバレッジ比率を下げなければならない」と要求した。 このやり方では金融リスクを減らすことはできない。
上記の中国の部門収支均衡グラフによると、中国の貿易黒字がGDPに占める割合がさらに低下し、貿易赤字にまで転じるにつれ、中国は政府の赤字率を高める、つまり政府のレバレッジ比率を高めることによってのみ、非政府部門の収支黒字を安定させることができる。つまり、非政府部門の総現金流入を安定させて債務返済能力を高め、負債比率を下げることで、中国金融システムの構造的リスクを減らすことができる。
(三)国債の金利は大幅に下げるべきである
中国の地方政府債務問題は人々がずっと関心を持っている重要な問題である。ここでは、地方政府の債務問題を弁証法的に見る必要がある。地方政府の債務は、2010年以降、西側諸国が数年で発生した破壊的で大規模な財政緊縮を回避し、世界金融危機が勃発してから2013年までのわが国の高度成長に重要な貢献をしたのである。
単一制国家として、中国の2021年末の全国政府債務残高(中央政府+地方政府)は52.8兆元であり、政府の総負債比率は46.2%であったことから、伝統的な考え方を踏襲して「国際標準における60%の警戒ラインを下回り、リスクが全体的にコントロールできている」などと考えるのは間違いだ。
2021年、日本政府の負債比率は257%で、米国連邦政府(地方政府を除く)の負債比率は120%を超えているが、財政リスクはなく、インフレも2021年までは長期間にわたって発生していなかった。アメリカと世界の過去12か月間のインフレは主に(経済)大封鎖による供給不足、独占、ロシア・ウクライナ戦争などの要因によるものである。
ここでは、とある前財政部長が『財政研究』2021年第1期で発表した「2035年に向けた財政改革と発展」へのコメントを簡単に述べる。この記事は学界と政策立案部門に広範な影響を与えた。彼は次のとおり述べている。「(中国の)財政の困難は最近の、短期的な問題だけでなく、中期的にも非常に困難である。債務面から見ると、政府債務問題はますます将来の財政の安定と経済の安全に影響を与える重要な要素となっている。 ……(利払いは)中央本級の各支出の中で2位である。 ……約四分の一の省級財政の50%以上の財政収入は債務返済に使われる。」
MMTは、主権通貨発行の独占者として、国家財政に困難は発生せず、財政によって経済の安否が左右されるといった問題は存在しないことを教えている。
しかし、この記事では、政府債務の利息負担が大きすぎる問題について言及しており、MMTの観点から見ると、これは容易に解決できる問題である。現在の中国では、(国債金利でも地方債金利でも)政府債券発行金利を下げることが非常に必要であり、すでにここ2年間でこの傾向が反映されている。地方債の平均発行金利は2019年の3.47%から2022年3月の3.14%に下がったが、債券金利は依然として非常に高く、利息支出が政府支出の主要部分を占めているだけでなく、金利の全体的な水準を上げている。このため、中小企業の融資難と融資高の問題解決を困難にし、現在の「市場主体の保護」の方針を損じており、また、海外投機家に巨額のヘッジ投機の機会を提供している。(賈根良『外資による中国国債購入の真実』、2020年参照)。
通貨発行独占者である主権政府は債券を発行して自分に融資する必要がなく、金利は中央銀行が決定するため、債券発行はゼロ金利の準備預金(現金)保有者に提供される代替的な利息収入のある資産にすぎない。したがって、中国は米国と日本の経験に倣い、国債の平均発行金利を大幅に下げることができ、例えば国債の平均発行金利を1から1.5%の間に引き下げ、不動産と証券の投機を同時に抑制する措置をとることができる。 このような状況で投資家が受け入れずとも他に仕方がない。彼らはゼロ金利の準備預金を保有するしかないのだ。
(四)就業保障プログラムを実施せよ
就業問題はわが国が現在も今後も世界の大変局に対応する上で直面しなければならない重大な問題である。
MMTにおいて、失業は貨幣現象であり、労働力の観点から見ると、非自発的に失業している労働力は貨幣収入のために働くことを望むが、貨幣賃金を得ることができない。企業の視点から見ると、予想されるコストと収益は、失業した労働力を1人多く雇用しても予想される利益が得られない。これは、ケインズが1936年に提起した「非自発的失業が労働力に対する有効需要不足の産物である」という点である。労働力は国に商品とサービスを提供することで貨幣と交換するため、非自発的失業の存在は貨幣の独占発行者である政府の貨幣支出が不足し、民間部門の貨幣収入の需要を満たしていないことを示している。そのため、国は「就業保障プログラム」(以後JGPと表記)を実施し、貨幣支出を増やして働く意志又は働く能力のある非自発的失業労働力をすべて雇用する責任がある。このプログラムは中央政府が出資主体、地方政府が実施主体となり、現地の最低賃金レベルで仕事を希望するすべての労働者を雇用する。
JGPは完全雇用を実現する手段であるだけでなく、物価を安定させるマクロ経済安定化装置でもある。通貨の独占発行者であるため、国は得られた商品やサービスの価格を決定する特権を持っている。もっとも、国はすべての価格を設定する必要はなく、重要な影響を及ぼす商品やサービスの価格を固定すれば、その貨幣の価値を固定することができる。労働力はすべての商品とサービスの創造過程に存在するため、就業保障を通じて労働力の価格を調節することは自国経済におけるすべての商品の価格を安定させ、物価の安定を実現することができる。これが、MMTがインフレに対抗しながら完全雇用を実現する基本理論である。その基本原理は、賃金に上昇圧力がある期間は、労働者はJGP部門から民間部門に流れ、 賃金に下降圧力がある期間には、労働者は民間部門からJGP部門に流れるというものである。したがって、JGPは賃金を安定させ、ひいては物価を安定させる役割を持つ。
現代貨幣理論は就業保障の理論と実践問題に多くの研究文献があり、わが国が参考にすることができる。近年、わが国の都市部調査失業率は一般的に5%以上で、今年4月には6.1%に達し、適切なJGPによって都市部調査失業率を2%程度に下げることができる。JGPは現在の中国の「住民の就業を守る」、「基本的民生を守る」、インフレを予防するという方針にとって、重要な意義があり、わが国のピンポイントな貧困扶助、相対的貧困の解決、所得格差の縮小にも重要な意義がある。
2020年5月、私は就業保障のパイロット(試験)実施に関する内部参考資料を国務院に提出したが、結局実現はしていない。現在、コロナの影響により「就業保障プログラム」は広範囲で実施することはできないが、パイロット実施は可能であり、そのパイロットを通じて経験を蓄積し、コロナが収束した後には大規模に展開することができるだろう。
以上4つの例を挙げて、MMTの中国のマクロ政策立案に対する重要な意義を簡単に紹介し、関連する政策提案を提起した。最後に、現代貨幣理論はわが国の多くの重大な長期的経済問題の解決にも直接的な参考価値があることを指摘する必要がある。例えば、現代貨幣理論は気候変動、エネルギー変革とわが国の高齢化に重要な啓発的意義を持っている。社会保障制度と単一支払人医療保険制度の持続可能性については、主流派経済学とは全く異なる理解を提示している。そして、わが国がミッション主導型の財政投資を用いて「首を絞める」技術(※5)問題を解決し、次の技術革命を迎えるために新しい構想を提供している。
以上。
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