【マーケットを語らず Vol.192】マールアラーゴ合意とはなにか① 準備通貨供給と安全保障の一体性
(今日のマーケット短歌)ウォラーを語り ベッセント語って 訳知り顔 ♪看板だけの 知識人よ♪
目次:
- 【Q1】「合意」の前に。そもそも「マールアラーゴ」とは?
- 【Q2】「マールアラーゴ合意」とは?
- 【Q3】マールアラーゴ合意の目的は?
- 【Q4】なぜ準備通貨の供給と安全保障は一体不可分なのか?
(今回および次回はまさに、生成AIに投げれば済むことだったのかもしれません。なぜ、そうしなかったのか。筆者自身にもわかりませんが、おそらく筆者は時間を無駄にしているのでしょう。)
最近の金融市場は、いくつかの不安要素を抱えているようです。たとえば、
- トランプ政権の通商政策(輸入関税の引き上げ)
- 米大手巨大テクノロジー企業による人工知能(AI)関連の設備投資
- 米国の景気動向
- 円金利の上昇:引き締めによる短期金利の上昇か、緩和継続による長期金利の上昇
- ウォーレン・バフェット氏が率いるバークシャー・ハサウェイが株式保有を減らしていること
などです。
今日はこのうち、最初の点に関連する点を考えてみます。
トランプ政権の通商政策(輸入関税の引き上げ)に関してよく言われるのは、「トランプ氏は、貿易相手国から何らかの利益を得るために関税引き上げやその脅しを用いており、あくまでディール(取引)が成立するまでの一時的なものである」というものです。
たとえば、第1期のトランプ政権であれば、「中国が米国製品の輸入拡大を約束する」、「日本が(米国も互いに)関税を引き下げる・撤廃する」といったことがありました。
他方で、第2期のトランプ政権の関税政策については、
- 1期目に得たものよりもはるかに大きい「獲物」を狙っているのではないか、
- 国によっては、米国からの高関税賦課が恒久的に続くのではないか、
- 世界の分断がいっそう進むのではないか、
といったことも考慮しておく必要がありそうです。
そして、こうした、いわば懸念の中心的な役割を担うのが、最近の世界の金融市場で話題になっている「マールアラーゴ合意」です。以下に見ていきましょう。
【Q1】「合意」の前に。そもそも「マールアラーゴ」とは?
マールアラーゴは、ドナルド・トランプ氏が米フロリダ州に持つ邸宅のことです。ウィキペディアによれば、この邸宅は、1924年から1927年にかけてフロリダの商人が建設したもので、1万平方メートルの敷地に126の部屋があるそうです。トランプ氏は1985年に、この邸宅を商人の遺族が運営する財団から購入したそうです。
【Q2】「マールアラーゴ合意」とは?
マールアラーゴ合意は、(トランプ大統領によって米経済諮問委員会(CEA)の次期委員長に指名されている)スティーブン・ミラン氏(米国の資産運用会社のストラテジスト)が昨年11月に書いた論文のなかで示した、新たな多国間通貨合意の枠組みのことです。
後述の【Q4】で触れるように、この論文の最も重要なポイントは、準備通貨の供給と安全保障を一体不可分のものとして考える点です。
話を戻すと、過去の多国間の通貨/外国為替相場制度に関する取り決めは、ブレトン・ウッズ合意やスミソニアン合意、プラザ合意、ルーブル合意など、避暑地や博物館、ホテル、宮殿などのリゾート地で取り交わされており、マールアラーゴ合意はこれらに倣って名づけられています。
マールアラーゴ合意とは、具体的には、
- 外国の通貨当局が保有する外貨準備の大半売却による新たなドル安調整と、
- 金利上昇を抑制するための方策:外国の通貨当局が外貨準備として最小限残す短期の米国債を100年物割引国債と交換する、
- 政策協調への参加を促すための方策の組み合わせ:①輸入関税の賦課、②「安全保障の傘」からの除外、【論文からの筆者による外挿ですが】③FRBが提供するドル・スワップラインからの除外、
を指します*。
なお、ミラン氏は論文の中で、「政策協調によるドル安調整」だけでなく、「米国単独によるドル安調整」も検討しています。
具体的には、
- 外国の通貨当局が保有する外貨準備の売却を促すために(なおかつ、「安全保障の傘」の過去と将来のコストを同盟国にも負担させるために)、米国債の支払い利息から「手数料」を徴収する(→ミラン氏は言及していないものの、筆者が補足すれば、手数料徴収を進めれば利付債は割引債になる)。
- (外国の通貨当局がこれまで行ってきたように)FRBに外国為替市場での外貨買い・ドル売りの不胎化/非不胎化介入を依頼する。
- 金利上昇を抑制するための米国債の買い入れ(→補足すれば、新型コロナ・パンデミック以降の量的金融緩和・QE局面のように、リバース・レポ・ファシリティを使ってQEによる流動性拡大の影響を相殺することもできる)
*最初にミラン氏に代わって強調しておくと、①ミラン氏が論文のなかで示しているのは、「米国の通貨当局はこうすべき。これが効果あり」という確信に満ちた政策提言ではなく、あくまで、「こうしたこともできるかもしれない」という、様々なツールを提示する思考実験として捉えられるべきものです。付け加えれば、②ミラン氏は自身の論文について個人の考えであり、トランプ次期政権(当時)のものではないことを強調しています。したがい、本稿もトランプ政権が必ずしもミラン氏のアイデアと同様に考え、また同様に行動するわけではない点にご留意ください。
【Q3】マールアラーゴ合意の目的は?
マールアラーゴ合意の目的は次の3つと考えられます。
- 貿易不均衡の是正:米国に製造業と雇用を戻す。
- 米国が他国からの借り入れで構築し提供してきた「安全保障の傘」(安全な自由貿易体制を含む)の負担を、「傘」の中にいる他国にも負担させる。
- 米国の公的債務≒米国が提供する「安全保障の傘」を持続可能にする。
ここで、1点目の貿易不均衡の是正は「重商主義」と捉えられたり、製造業の国内回帰は貿易理論の面から非効率と捉えられがちです。
他方で、世界経済の分断が予見されるなかではコストをかけてでも、たとえば食料品や半導体、軍事装備品、その他の必需品などの自給を進めるべきという、現政権による長期的な洞察もあるとみられます(→天然資源もそうでしょう)。
すなわち、上記1点目は、ほかの2点と一体として結びついていると筆者は捉えています。
翻って、われわれはまずは食料の自給率向上を考える必要があるでしょう。他国を支援できるほどの軍事能力があってはじめて同盟は機能するでしょうし、他国を支援できるような自給率を持ってこそ「いざ」というときに支援を得られるはずです。
【Q4】なぜ準備通貨の供給と安全保障は一体不可分なのか?
先にも述べたとおり、ミラン氏の論文を通じて最も重要と思われるのは、準備通貨の供給と安全保障を一体不可分のものとして考える点です。
たとえば、次のように考えることができます(→以下は筆者による補足であり、筆者による解釈を含みます)。
- 米国は、第2次大戦を経て、その圧倒的な経済力と軍事力を背景に(少なくとも)西側諸国では一極覇権国(unipolar hegemon)となった。また、1950年代の後半以降、世界の主要な貿易財(特に原油)の決済は、それまでの英ポンド建てから、徐々に米ドル建てに移行していった(→もしくは、1971年のニクソン・ショック以降は、ドルを安定させるために、そのように仕向けた)。
- 結果、米国は世界の貿易相手国に、準備通貨(米ドル)と準備資産(米国債)を供給し続けている。
- 準備通貨(米ドル)と準備資産(米国債)の供給にはたいてい、準備通貨供給国(米国)の経常収支赤字と財政収支赤字を伴う(→米国の経済学者、ロバート・トリフィンが指摘したもの。⇒米国がモノを買わなければ、相手国にはドルを渡せないし、米国政府が借り入れをしなければ、相手国には米国債を渡せない)。
- 確かに、米国は準備通貨の恩恵に浴した(→元フランス大統領、シャルル・ドゴール氏が『法外な特権』と呼んだもの)。
- しかし、米国の準備通貨供給の恩恵に浴したのは、米国だけではない。
- なぜなら、米国は巨額の対外借り入れによって、巨額の軍事支出を行い、西側世界の政治および経済の安定に寄与してきたためである(→米国側の言い分)。
- たとえば、①自由かつ安全に世界の海や空を航行でき(→自由なサービス消費)、また、自由かつ安全に貿易財を移動できるのは(→自由な財消費)、米国による実力行使や、米国が持つ抑止力のおかげである。加えて、たとえば、インターネットの開発やインターネット上での自由かつ安全な取引(→自由なサービス消費)についても米国の技術力や監視のたまものである。
- ②米国以外の諸国の企業は米国への輸出拡大によって、売上と利益、そして雇用を得てきた。その裏側で、米国の製造業は米国から撤退し、米国の雇用は失われてきた。それは、米国の労働者が負担してきたものである。
- ③米国が準備通貨を供給する、その裏側で生じる米国の過大な消費は、一面では準備通貨供給国の特権であるかもしれないが、それはすべて返済が必要な借り入れである。すなわち、米国以外の政府や企業は米国から利息という収益まで取ってきた。それもまた、米国の労働者が負担するものである。
- 以上の3点をまとめると、現在の準備通貨システムは、「米国に過大消費のための資金を貸し付けることで、収益と雇用と安全保障の3つを得る、一石三鳥の構図」である。
- しかし現在、米国は利払い費が軍事費を上回り、公的債務は利払いが利払いを生んで雪だるま式に膨らんでいる。
- かかる状況は、世界の自由貿易と安全保障に疑問を投げかける。
- システムの構築が必要であろう。おそらくは、米国以外の諸国が自由貿易と安全保障のための負担を拡大する必要があるだろう。
- 米国以外の諸国は、過去に得た、そして、将来においても得るだろう自由貿易と安全保障の恩恵について、応分の負担をすべきである。
- 負担の方法としては、各国が軍事支出を増やすことは当然のこととして、このほかに、米国政府の関税支払いやドル安調整、米国債利息の受け取り放棄(→米財務省による利付国債の買い戻しと、超長期の割引国債での借り換え)などが考えられる。
- こうした負担に応じない場合には、関税を引き上げたり、安全保障の傘から外すことで対処する可能性がある。
- 関税の大きさについては、たとえば、互いの関税率の比較、外貨準備蓄積の規模や自国通貨抑制の過去、国内市場の開放度、米国の知的財産権保護の程度、「第3国」として中国が再輸出して米国からの関税を回避することに貢献しているか否か、北大西洋条約機構(NATO)の義務を全額負担しているか、国連における主要な国際紛争で中国・ロシア・イランの側に立っているか、制裁を受けた企業がこれを回避したり、制裁を受けた企業と取引することを支援しているか、世界のさまざまな戦域における米国の安全保障の取り組みを支持しているか、テロリストやサイバー犯罪者などの「米国の敵」をかくまっているか否か、こうした基準によって、変わるかもしれない。
以上、筆者が解釈する、ミラン氏の考えのアウトラインです。
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